第15回AAF戯曲賞問題の経緯について

 このたび、愛知県芸術劇場が主催するAAF戯曲賞の著作権に関する取り扱いに重大な瑕疵がありました。日本劇作家協会は、この件に関し抗議を行い、募集要項の訂正を行っていただきました。
 私たちは、本件を、著作権の尊重に関わる重大な案件と考え、ここに経緯を報告し、主催である愛知県芸術劇場ならびにそれを運営する公益財団法人愛知県文化振興事業団、これを所管する愛知県にあらためて強い反省を求め、関係諸機関に注意を喚起したいと思います。
  経緯は、あとに記しますが長文になりますので、先に結論を掲げます。

 今回の案件に関しては、日本の演劇界に、著作権に関する理解が浸透していないことを本協会としても痛感し、また反省もいたしました。今後は、関係諸機関と劇作家自身に、さらなる啓蒙活動を行ってまいります。
 今次の愛知県芸術劇場側の対応は、けっして誠意のあるものとは思えず、未だ深い反省があったかは疑問です。しかしながら、すでに戯曲賞の審査が進行していた点を鑑み、これ以上の責任追及を控え、また経緯の公表は、戯曲賞最終審査の終了後としました。
 今後は、公立劇場のような公権力が、新人戯曲賞の美名の元、不当に新人劇作家を搾取することのないように関係諸機関に強く要望いたします。
  戯曲賞の受賞と上演を併設する場合は、相当な賞金を設定するか、正当な上演料が別途支払われることを要求します。
 また、助成機関には、新人、若手劇作家や若い演劇人の権利が不当に侵されるような戯曲賞、演劇賞への助成を停止していただくようにお願い申し上げます。
  このような主張を強く続けると、新人の上演機会が奪われるのではないかと危惧する意見もあるかもしれません。しかしそれは、「労働者が賃上げを要求すると、資本家は労働者を解雇して就労機会自体がなくなる」という間違った認識と同様です。私たち日本劇作家協会は、団結し連帯して、劇作家の正当な権利を主張していきたいと考えます。





  以下に、経緯を記します。


1.協議までの経緯

  AAF戯曲賞は、愛知県芸術劇場が主催し今年度で15回を迎える戯曲賞であり、これまで日本劇作家協会も告知などに協力してきました。今年度、戯曲賞のリニューアルにあたって、応募要項の大幅改訂が行われましたが、本協会に告知依頼などがなかったため、改訂された応募要項の瑕疵については協会員がたまたま発見し、抗議すると共に、協会と劇場側の協議に至りました。


2.問題点

  応募要項には、当初、以下のような記述がありました。
「受賞作の著作権(著作権法第27条及び第28条※に規定する権利を含む)は愛知県文化振興事業団に移転します。」(ここで言う27条、28条とは、翻訳権・翻案権等、及び二次的著作物の利用に関する権利を指します)
  要するに、受賞作については、上演ばかりか出版、放送、翻訳などすべての権利を文化振興事業団に移管するというものです。私たち劇作家協会は、全国の戯曲コンクールに対して、このような規定を行わないようにお願いをして参りました。
  戯曲は、それが新人のものであっても、その後、本人の代表作となる可能性があります。その著作権を他者に、未来永劫、全面的に譲るということは、劇作家の常識になじまないものです。また、将来の本人による書き換え、ブラッシュアップの機会なども失われることとなり、演劇界全体のためにもならないと考えます。
  著作権の移転は、小学生の作文コンクールなどでは散見されるケースですが、成人の職業的な(プロフェッショナルな)公募では、それを強く戒める方向にあり、文化庁も同様の見解を示しています。
 また、この要項を前提として応募をしてくるのだからかまわないという考えもあるかもしれませんが、新人劇作家たちは、そこまで詳しくは要綱を見ていない場合があります。まして、愛知県芸術劇場という大きな公権力が、このような公序良俗に反する規定を設けているとは想像もしないでしょう。
  本件は、単なる権利関係だけの問題ではありません。
 現実には、以下のような問題も派生します。
 文化振興事業団は、法人組織ですから未来永劫続くとは限りません。20歳の新人作家が戯曲賞を受賞したとして、80歳まで生き、死後50年(保護期間が延長されれば70年)後まで著作権は保護されます。すなわち受賞から110年から130年間、著作権が事業団の管理下に置かれるわけですが、その間に事業団が解散してしまったら、その権利はどうなるのか?
 あるいは、ある思想信条に基づいて書かれた作品が受賞し、その後に、愛知県にその思想信条とは相容れない知事が誕生した場合、その知事の意向によって、その作品が上演されないことは充分に考えられます。これは愛知県内だけではなく、著作権を保持している以上、それがどんな名作であっても、国内外での上演を知事の意向で差し止めることができるようになります。そんなことが許されていいのか?


3.協議の経緯

 ◯ 本協会は、愛知県芸術劇場に対して、2015年10月14日付けで、以下の質問とお願いをいたしました。
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 本年度より、どうしてこのように規定を変えられたのか、その意図をお伺いできますでしょうか?
 また、できましたら、この規定をいまからでも改定し、改訂したことを告知いただけませんでしょうか?
  すでに審査が進んでいると伺っておりますので、できるだけ早く、ご回答いただきますようにお願い申し上げます。
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◯ 幾度かメールでのやりとりがあり、10月23日には、本協会担当理事と事務局長、劇場側からは館長、事業部長代理(企画制作)兼広報・マーケティング室チーフマネージャー、事業部プロデューサーが出席して、対面で協議を行いました。
  この協議の席上でも、担当者は「不勉強だった。権利侵害の意図はない」と繰り返すばかりで、なぜ、このような要項改訂を行ったのかについての具体的な経緯の説明はなされませんでした。また、著作権に対する認識も薄いと感じました。
  この席では、結果として、以下の対応をするという結論になりました。

 1)要項差し替え
 2)AAF戯曲賞側からの公の場での経緯説明と謝罪
 3)劇作家協会側からのコメント発表(懲罰的な意味を含む)

 また、この席で、今回の要項の作成は文化庁資料を参考にしたとの説明が劇場側からあったので、それが具体的にどの資料かの報告もお願いしました。

10月29日 劇場側から、「途中改訂のお詫びとお知らせ(案)」が届きました。その改訂要旨は以下のようなものでした。
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  受賞作品(佳作作品を含む)の著作権は原著者(作者)に帰属します。
ただし、受賞作品(佳作作品含む)の上演権及び出版権は受賞作品の発表から3年間、愛知県文化振興事業団帰属するものとします。
受賞作の発表から3年間、当該作品の上演や出版を行おうとする場合には「公益財団法人愛知県文化振興事業団」への申請が必要となります。申請を頂いた場合は作者と協議の上で許諾するかどうか回答することになりますが上演機会を妨げる意図はありません(作者本人の申し出による上演は優先的に対応します)。
なお、翌年に予定されている戯曲賞受賞記念公演の上演料は賞金に含まれますが、それ以外の対価は別途協議するものとします。
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◯ 本協会はこれを受けて、10月30日付けで、以下のような回答を送りました。
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 賞金50万円、佳作の場合には10万円で3年間の上演権を持つことは、劇作家協会としては受け入れられません。
 そもそも劇作家協会は、最低上演料を100万円と定めています。
 今回の場合は、賞金以外にしかるべき上演料を支払うか、翌年の記念上演以外に上演権を主張しないか、どちらかにすべきであると考えます。

 また、先日のお話で出た、根拠にしたとされる文化庁の用例についてのご報告をまだいただいておりませんので、いただけますでしょうか。
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11月5日、劇場側から、以下の回答があり、劇場側が根拠としたとされる「文化庁の著作権取り扱いマニュアル」が添付されていましたが、それに関する具体的な説明はありませんでした。
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お世話になっております。
返信が遅れまして申し訳ありません。
ご指摘を頂きました、改定後の著作権と上演料に関して説明をさせて頂きます。

繰り返しになりまして恐縮ですがAAF戯曲賞は上演を前提とした戯曲賞です。
公募プロセス・戯曲賞受賞・記念上演を通して、戯曲が広く知られ上演の機会が増えることで、戯曲や受賞作家が注目されることを目指しております。
そのための受賞記念公演であり、受賞記念冊子の出版・配布も行っております。

当劇場としても上演機会を増やす努力として

・戯曲賞受賞記念公演を他劇場で再演
・劇場でのワークショップ等でのテキストの使用
・出版・印刷

などを考えております。
1事業の展開に最低3年間程度かかってしまうため3年間移転させて頂きたいのです。
賞金の金額については、公募・審査・上演そして様々な関連企画を行っていく中で最善を尽くしております。
なお、受賞公演以外の上演料に関しては、受賞作家と別途協議しながら進めていく予定です。

また、二次審査の結果発表は11月9日を予定しております。何卒ご理解ください。
文化庁の著作権契約マニュアルを添付いたしました。ご参考下さい。
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11月6日、協会側から以下のように返信。
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 貴館の主張は、当協会としては、まったく受け入れられるものではありません。

・上演は、独占的排他的上演権を設定しなくても可能です。今回のように不当に安い上演料(賞金)の場合は、独占的排他的上演権ではなく、単に作品を上演する権利のみに止めるべきだと考えます。それでも、対価が不当に安いことに変わりはありませんので、その点に関しては、後日、協会から抗議の声明を出すこととなると思います。

・上演は来年度以降と伺っています。であるならば、いまから努力をして上演料を別に予算計上することは十分に可能なはずです。劇作家の権利を尊重するといいながら、その努力を怠ることは、誠意ある対応とは思えません。

・添付していただいた資料からは、なぜ、あのような規定となったのか、まったく理解できませんでした。特に54ページのコラムを読めば、貴館の規定が不当なものであることは一目瞭然です。コラムには、「相当な額の賞金があるような場合は別として」とありますが、貴館は、賞金50万円を相当な額の賞金とお考えなのでしょうか?
 今回のメールでは、ただ単に文化庁発行の資料が添付されているだけで、なんの説明、釈明も加えられていませんでした。まったく誠意の感じられない回答でした。
 私たちは、著作権に関して、このような低い意識しか持っていない方々が、公権力を使って戯曲賞を運営していること自体に強い危惧を感じています。口頭でも申し上げましたが、「不勉強」で済まされる問題ではありません。

・日本劇作家協会は、以下のことを要求します。

1.上演権が事業団に帰属するという記述を撤回してください。
    あるいは、上演料を賞金とは別途定めてください。
2.出版に関しては、それが確約されていないならば、記述を撤回してください。
3.佳作については、いずれの対象からも外してください。
4.文化庁のマニュアルを参考に規定を作ったという説明でしたが、どこをどのように参考にしたのか、あきらかにしてください。もし、誤解を与えるような条項があるとするなら、協会は文化庁に抗議しなければなりません。
5.とくに、「著作権法第27条及び第28条*に規定する権利を含む」と、わざわざ規定を入れた点について、誰の発案によるものなのか、具体的な経緯を説明してください。

  誠意ある回答が速やかにいただけず、二次審査の結果が発表される場合は、劇作家協会としてはノミネートされた作家に権利侵害についての強い警告を出すとともに、緊急措置として経緯を公表せざるを得なくなります。
 よろしくご検討ください。
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11月12日、劇場側からの回答
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ご要望いただいた内容を検討し、新たに改定した募集要項を作成いたしました。
添付致しましたのでご確認ください。

ご要望頂いた内容に関して回答させていただきます。

1.上演権が事業団に帰属するという記述を撤回してください。
    あるいは、上演料を賞金とは別途定めてください。
→ 上演権の帰属に関しては撤回いたします。

2.出版に関しては、それが確約されていないならば、記述を撤回してください。
→毎年、受賞作品の記念冊子を出版・配布しております。
 また、出版権の帰属に関しては撤回いたします。

3.佳作については、いずれの対象からも外してください。
→佳作作品は受賞記念公演を行わないため対象から外します。

4.文化庁のマニュアルを参考に規定を作ったという説明でしたが、どこをどのように参考にしたのか、あきらかにしてください。もし、誤解を与えるような条項があるとするなら、協会は文化庁に抗議しなければなりません。
5.とくに、「著作権法第27条及び第28条*に規定する権利を含む」と、わざわざ規定を入れた点について、誰の発案によるものなのか、具体的な経緯を説明してください。
→応募要項(著作権の規定や賞金金額等)は、文化庁のマニュアルおよび他戯曲賞、各種公募展の要項等を参考にし、社内で協議して決定いたしました。
ご指摘の文言に関しては、文化庁著作権契約マニュアルの46ページ(著作権を事業団側に移転する場合)を参考にして作成いたしましたが、この度見直しを行い53ページ(著作権は応募者に帰属し一定の範囲の利用について了解を得ておく場合)に変更いたしました。

11月13日に2次審査結果及び添付の「第15回AAF戯曲賞の募集要項の改定について」をHP上で発表いたします。
なお、今年度AAF戯曲賞応募者には、別途郵送でもお知らせします。
ご理解ください。
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同日、協会より返信
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 ご理解いただきありがとうございます。

  いただいた文面からは、佳作が対象外となるかどうか分かりません。はっきりと明記していただく必要があるかと思います。

 4,5の疑問点の返答に関しては、納得できるものではありませんが、これ以上のお答えはいただけないようなのであきらめます。

 今後は、協会ホームページでの経過報告、文化庁・公文協、地域創造および戯曲賞を運営する公共ホールなど関連団体への注意喚起を行う予定です。
 文案が確定次第、ご連絡いたします。
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13日、劇場側より返信
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ご連絡ありがとうございます。
ご指摘いただきました「佳作作品」に関して、
改定後の文面の
「ただし、受賞作品について」 を
「ただし、大賞受賞作品について」
に変更し、大賞受賞作品のみの許諾であることを明記いたします。
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  劇場側の最終的な「お詫びとお知らせ」は、以下でご覧いただけます。
 http://www.aac.pref.aichi.jp/syusai/aaf_bosyu15/index2.html

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