「“新共謀罪”に反対する表現者の緊急アピール」 註

註1:「犯罪が実際に行われていなくても」その可能性を語り合ったり、匂わせただけで、犯罪行為として処罰の対象になるのが共謀罪です。現在、未遂や予備(準備)や共謀は軽犯罪では処罰の対象にならず、重大な犯罪だけに限定されています。

註2:日本には既に共謀罪が15、陰謀罪が8、予備罪が40、準備罪が9あり、72の主要重大犯罪に、未遂よりも前の予備などの段階で処罰できる法律があります。またテロ資金供与を含む国連のテロ防止関連の条約を全て批准しており、国内法も整備し ています。マネーロンダリング防止を目的とした国連の「国際(越境)組織犯罪防止条約」を批准するためには「四年以上の刑期の犯罪全てに共謀罪を導入しなければいけない」と政府は説明していますが、アメリカなど多くの国が共謀罪条項を留保し批准しています。日本も当然、留保の形でこの条約を批准することは可能です。

註3:政府の統一見解では、対象は組織犯罪集団に限定されず、あらゆる団体(2名以上の会社、サークル、労働組合など)が犯罪の可能性を相談し、共謀した後は組 織犯罪集団とみなされ得ると説明しています。また共謀行為の立証のために盗聴の拡大や密告が奨励されるのではないかとの指摘もあります。



註:公益社団法人国際演劇協会日本センター理事会有志 (五十音順)
  安宅りさ子、伊藤洋、大笹吉雄、小田切洋子、糟谷治男、加納豊美、
  斎明寺以玖子、坂手洋二、真藤美一、曽田修司、永井多恵子、林英樹、
  菱沼彬晁、松田和彦、三輪えり花、吉岩正晴、和崎信哉、小林弘文(監事)



[参考]

2006年4月24日発表 共謀罪に反対する表現者の緊急アピール 
表現の自由を語ろう 第2回
 なんで捕まったかわからない ── いま、横浜事件を考えてみる



そんなの、やっぱりダメだ。   ── マキノノゾミ

あまりよくない頭で懸命に考えてみる。
「テロ等準備罪」だという。「罪」を新設するというからには、これまで合法だった市民生活の自由のうちの何パーセントかを非合法へと変えるということだろう。まずもって、そこが怖い。
これまで合法だったことに、いきなり「罪の意識」を持つというのはむずかしい。「この部屋は先月から禁煙です」と聞かされていても、無意識のうちに煙草ををくわえてしまうときがある。
ましてや「犯罪はその行為自体を行わないうちは処罰されない」という常識は、50年以上もの長きにわたってわたしという人間のなかで血肉となっている。それを明日から書き換えろといわれても、心と体の問題としてかなりむずかしい。自信がない。無意識のうちに何かをうっかり犯してしまいそうだ。だから、怖い。

犯罪行為を実際に行うのと行わないのでは、天と地ほどの差がある。そこにははっきりとした明確な一線があるのだから、その原則は小学生にだってわかる道理だ。とにかく悪いことを実際にしちゃうと処罰されるんだと。劇作家の立場からすれば、「その一線のすれすれのところまで行き、なおかつ越えずに引き返してくる」というのは「とても劇的であり、とても人間的な行為」のように思われる。そういう登場人物を主人公に名作が何本も生まれそうな予感がある。ただし、それはあくまで「ひき返せば罪ではない」という前提あればこそである。主人公がぎりぎりのところで葛藤する、そのずっと前の段階で「あっさり逮捕されて幕」というのでは身も蓋もない。これ、とても困ります。

「準備段階で処罰できる」という例外を作ろうというのは、本来の刑法の考え方からすれば、天地がひっくり返るほどの大転換のはずだろう。よほど例外中の例外として絞り込まれるのかと思ったら、なんとテロ対策以外もふくめて277もの犯罪についてそうするのだという。これ、いくらなんでも多すぎやしないか?
だいいち「準備段階」というのをどうやって知るのだろうか?
以前、「目配せ」だけでも処罰できるなんて本気でいってた人もいたけど、そんなことを犯罪が実行される以前にどうやって探知する気だったのだろう? とてつもなく広範な「盗聴」と「密告」による徹底的なプライバシーの監視しか考えられないではないか。

実際の話、わたしは喫茶店などでよく台本の筋書きの打ち合わせやアイデア出しをする。仕事仲間と完全犯罪の手口などについてもよく話す。冗談ではなく「(登場人物の)こいつはそろそろ邪魔だから、このへんで殺してしまいましょう」くらいのことは平気で口にする。これ、ホントに日常茶飯事なんだ。今までは「こんな話、誰かに聞かれたら犯罪集団だと思われかねないよな」などという仲間うちの笑い話ですんでいたが、もしこの法案が成立すれば、それが隣の席の客に現実に密告されるようになるということである。しかも、その人はわたしたちにべつだん悪意を持っているわけではない。ただ市民の義務として密告するというだけだ。そして密告されれば、当然、わたしたちは警察による監視の対象になって、盗聴もされるだろうし、ひどくすると、いきなり逮捕され、パソコンも押収されるというふうになるかも知れない。なんだかとてもイヤです、そんな世の中。

テロ以外もふくめて277もの犯罪について「共謀罪」を導入するということは、そのような徹底的な監視社会を作ろうということである。そのような社会は、その成員ひとりひとりを分断して「連帯」とか「友情」とかいったものを破壊するだろう。そして何より「国民が権力を批判する自由」を萎縮させてしまうだろう。わたしは「表現の自由」とは、突きつめれば、権力を批判する自由のことだと考えているので、そのような社会の到来がとても怖い。
「それならおまえはこの国でテロが起きてもいいというのか?」といわれれば、それはもちろん起きては困る。「そのためには多少の不自由は我慢せよ」といわれれば、もちろん市民の義務として我慢もする。
「ただし」とわたしは思う。
それは、まずだいいちに「道理の通っていることならば」という話である。

「国際組織犯罪防止条約」を批准するためにこの法案の成立が必要不可欠であるという話は本当なのか? 日本弁護士連合会の「新たに共謀罪を新設しなくても条約を批准できる」というかつての見解はどうなったのだ? それは間違いだったのか? いつ、どこでそれが証明されたのだ? そもそも「本当の本当に」テロ以外をも含む277もの犯罪について、ただちに共謀罪を導入しなければ、もはやどうにもならない崖っぷちの状況にあるのか? 日本は現在そんなに凶悪犯罪者が横行する犯罪大国なのか? どれもきちんと根拠を示して、誰もが納得できるロジックで説明してほしいと思う。

そしてさらに――こういうことはあまり突きつめて考えたくはないが――究極の選択として考えるならば、わたしには「テロの防止」よりも「表現の自由」のほうが大事なことだと思われる。テロでは国は亡びないが、権力を批判する自由を封じると、72年前のように国が亡びるからだ。
現在のところ、この法案は社会にとってマイナス面のほうがはるかに大きいとしか思えない。
そんなの、やっぱダメだろう。



予備罪と大逆事件   ── 古川 健

「むかつくあいつを殴ってやりたい!」と咄嗟に思ってしまうことは犯罪でしょうか?もちろん違います。法律は心の中のことまでは縛れないのです。

さて日本では1947年まで、大逆罪という罪が刑法で定められていました。条文では「天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又ハ皇太孫ニ対シ危害ヲ加へ又ハ危害ヲ加ヘントシタル者ハ死刑ニ処ス」と書かれています。ここで問題となってくるのが「危害ヲ加ヘントシタル者」の部分です。つまり未遂や準備、果ては計画しただけで大逆罪にあたるということです。ちなみに刑罰は全て死刑になります。この条文を拡大解釈すると、皇族に対する暗殺を言葉にするだけで大逆罪にあたるということになってしまいます。例えば仲間うちの一座の冗談だとしてもです。そして信じがたいことですが、実際にこの拡大解釈が行われた事件があります。

実際にこの大逆罪が適用された例を見てみます。1910年にいわゆる大逆事件(幸徳事件とも)という事件がありました。幸徳秋水を首魁とする無政府主義者が明治天皇の暗殺を企て、26人が起訴され、24人に死刑の判決が下った事件です。この24人のうち12人には特赦が下り無期懲役に減刑されましたが、幸徳秋水はじめ12人は1911年に処刑されました。既に百年以上の時が過ぎ、この事件の印象も教科書的なものになってしまいました。しかし、この事件の本質は裁判所と検察と政府がでっち上げを行い、無実の人間を罪に陥れたという点に尽きると思います。

この事件の容疑である明治天皇暗殺計画ですが、検察及び司法によって4人の中心人物によって企まれたとされた物です。しかし、詳細は省きますが、その4人でさえ天皇暗殺を企んだという確かな証拠は存在せず、状況証拠や内心の思想を動機と関連付けされ有罪とされてしまったのです。その4人以外の人々は、そんな計画をあると聞かされた者、知らずにその4人と関わってしまった者、そして主義者と目されただけで拘束され拷問の結果自白してしまった者です。起訴された後は一様に逆賊として扱われ、ある者は刑場の露と消え、ある者は獄死し、よくて長い時間を刑務所で過ごすこととなりました。

大逆事件は過去の事件であり、現在教訓とするところはまるでないのでしょうか?私はそうは思えません。法律は結局のところ、運用者によって恣意的に曲げられ、都合よく利用されてしまうものなのです。それを避けるためには、やはり、立法される時点であらゆる議論を経た上で、拡大解釈の可能性を潰していかなければなりません。

実際に行われたことではなく、その準備段階を対象とした予備罪はより慎重に議論されなければならないはずです。それは共謀罪も同じことではないでしょうか?数年後、数十年後、成立してしまった共謀罪を運用して、大逆事件のようなでっち上げが行われないと断言することができるでしょうか?過去に実際に起こってしまったことは、また繰り返される可能性を必ず孕みます。だからこそ、その可能性を論じ危惧していくことは、過去につながる現在を生きる我々の使命なのではないでしょうか?



監視よりも、ひとりになって考える自由を   ── 石原燃

 オリバー・ストーン監督の新作『スノーデン』を観た。
 2013年、アメリカ政府による国際的な大量監視を内部告発した、エドワード・スノーデン氏を描いた映画だ。登場するエピソードは事実に基づいている。NSA(アメリカ国家安全保障局)とCIA(中央情報局)に籍をおいたスノーデン氏は、アメリカ政府が対テロ諜報活動の名のもとに、世界中の通話、メール、チャット、SNSを監視し、膨大な数の人びとのコミュニケーションを傍受していることを知った。

 しかも、収集された膨大な情報の多くは、テロ対策には役立っていなかった。スノーデン氏の告発をうけて、オバマ大統領と上院によって選出された委員会が監視システムの調査を行った結果、電話盗聴プログラムが対テロ捜査に具体的に役立ったケースは一件も発見できなかった。ではなぜ、大量監視プログラムは存続するのか。答えは、テロ対策以外のことに役立つからだ、とスノーデン氏はいう。

 たとえば、他国の政府や企業を標的にし、交渉を有利に進めるための材料を探す。いわゆるスパイ行為。その「材料」には、外交や経済に関する情報だけでなく、個人を脅すためのプライベートな内容も含まれる。だから、社員の自宅やその交友関係も監視の対象になる。日本では行政機関のほか、日銀や、三菱商事、三井物産などが標的となった。
 国内では市民の社会活動もターゲットにされる。政府に批判的な活動はもちろん、そうではないものも、十把一絡げに監視される。情報を集めてみないと、批判的かどうかわからないので、あるカテゴリーに属する者は全員監視対象になる。NSAは、米国市民であるムスリムのリーダーたちを監視していたが、彼らは、きわめて「愛国的」で「模範的」な市民だった。さらには、NSAの職員がこの監視システムをつかって、自分の恋人や配偶者、知人などの電話やメールを盗聴する犯罪も、内部調査によって、少なくとも10件以上発覚している。映画のなかでは、CIAの職員がパキスタン人の銀行家を情報提供者として、弱みを調べて、陥れ、利用したことが描かれている。

 スノーデン氏の告発を受けて、その後アメリカでは、2015年5月、政府の通話記録収集は違法であるという初の司法判断がくだされ、翌月、諜報機関が手にしてきた特権を制限する初めての法律「自由法」が成立した。

 いま、この国で再び「共謀罪」が創設されようとしている。「テロ等組織犯罪準備罪」と名前を変えて。
 「共謀罪」の本質は、犯罪を起こさなくても逮捕できるということだ。犯罪を起こすかもしれない、という可能性はどんな人でもゼロではない。しかも、犯罪を定義し、可能性を判断するのは、本人ではなく、国家だ。かつての治安維持法のように、犯罪とは無関係の人たちが、国家の恣意によって犯罪者にされる事態を否定できない。

 それだけではない。犯罪者とされる人がいるということは、その前段階として、疑われて、捜査対象になる人はその何倍もいるということだ。犯罪の準備行為がなくては逮捕できない、という縛りを設けたから、一般の市民が対象になることはないというが、本当だろうか。百歩譲って、それが縛りになるとしても、逮捕に限った話だ。準備行為があるかどうかは、調べてみないとわからないのだから、捜査対象には一般市民も必ず入る。なにしろ、まだ犯罪は起きていないのだから、誰を捜査すればいいのか、絞り込むのも難しいはずだ。
 当然、捜査のために、密告や盗聴など、市民の監視が求められる。

 昨年、盗聴法が改正され、盗聴できる対象犯罪が大幅に拡大され、全国の警察が、通信事業者の立ち会いなく盗聴することが可能になった。このとき、対象となる犯罪は、盗聴捜査が有用かどうかで議論されたという。とすれば、新設される277もの「共謀罪」すべてが盗聴の対象とされる可能性は高い。そうなれば、そこに事件が存在しなくても、可能性だけで盗聴捜査をすることができるわけで、もはや誰が盗聴されてもおかしくない。

 それでも、それはあくまでも捜査のための盗聴であって、スノーデン氏が告発したような、行政が情報収集のために行う盗聴までが合法化したわけではない。そこを混同してはいけないのかもしれない。けれど、スノーデン氏が告発した監視システムが「テロ対策」の名のもとに開発されたことを考えると、今回、これまでに廃案になった共謀罪と本質的には変わらないのに、「テロ等組織犯罪準備罪」と名前を変え、「テロ対策」を打ち出すことで納得させようとする姿勢に共通点を感じ、不安を感じてしまうのだ。

 スノーデン氏は、2009年から2年間、日本の米軍横田基地内のNSAに勤務しており、アメリカが日本に対し、アメリカの諜報機関への協力を求めていたと証言している。日本側は法整備ができていないことを理由に申し出を断ったが、アメリカがそれであきらめるわけもなく、また日本の諜報機関もNSAの情報を欲しがっていた。その結果、つくられたのが特定秘密保護法だと、スノーデン氏はいう。
 もちろん、実際のところはどうなのかわからない。でも、事実として、私たちは現在日本の諜報機関がどういったシステムを持ち、アメリカの諜報機関とどういう関係を築いているのか、知ろうとすれば罰せられる。スノーデン氏の告発により、アメリカ側が日本に対して一方的にスパイ行為をしていたことが発覚しても、日本政府は「仮に事実であれば、同盟国として遺憾である」としただけで、事実かどうか、実態が調査されることはなかった。ちなみに、日本と同様に首相への盗聴が明らかになったドイツでは、大規模な実態調査が行われ、ドイツの諜報機関が、アメリカの諜報機関に協力して、他の同盟相手やドイツ市民をスパイしていたことも明らかになっている。

 こうした状況があるなかで、「テロ対策」の名のもとに、人びとへの監視を強める法案が次々と成立していく。その先にあるのは、本当に安全な世界なのだろうか。日常的な監視を受けるということは、ひとりになって考える自由さえ守れないということだ。私は、「対テロ戦争」の是非や、人を「テロ」に走らせる要因となる差別や貧困の問題について深く考え、柔軟に語り合うことが、「テロ対策」には欠かせないと思っている。そのためには、誰からも監視されることなく、ひとりになって考える自由が絶対に必要なのだ。

 私は、この国が高度な監視社会になっていくことに反対する。
 そのためには、「共謀罪」に反対しているだけでは駄目だろう。既に成立してしまった特定秘密保護法や、盗聴法の改正もなんとかしなくてはいけない。それだけではなく、個人の自由や国家についてももっともっと考えを深めて、言葉を紡いでいかなくては。
 むしろ、それこそ表現者に求められていることなのだろう。
 でも、いまは「共謀罪」だ。
 はじめの一歩として、私は「共謀罪」の創設に反対する。


【参考文献】
・『「共謀罪」なんていらない!?』(合同出版)  編:山下幸夫
・『スノーデン、監視社会の恐怖を語る 独占インタビュー全記録』(毎日新聞出版) 著:小笠原みどり



良からぬ考え   ── 谷 賢一

今までたくさん、良からぬことを考えてきた。たとえば国会を爆破するにはどうしたらいいか? 政府要人を暗殺するなら、場所は? Amazonで買えるものだけで武器や爆薬は作れるだろうか? なるべくたくさんの人間を殺すには、どんな方法があり得るだろう?
 ── イヤ考えるだけではない、専門家を集めて話し合うのだ。危険な工具や特殊な機材を多数所持している舞台監督と呼ばれる男と夜中に倉庫で語り合ったり、過去のテロリストたちの思想とやり口に精通したドラマトゥルクというその道のプロとメールや電話でやりとりしたり。

もちろん実際の犯罪のためではなく演劇作品の中で描かれる犯罪を考えるためだが、実際に犯罪を犯していなくても計画を立てて話し合うだけで逮捕できる、つまり共謀した段階で逮捕できるというのなら、私は何度か逮捕されてしまう。いやだ。こわい。

もっとも今回の「テロ等準備罪」はとても良心的な法律だから「犯罪を目的として」話し合った場合にのみ限られるらしいし、今の政府や警察はとてもとても良心的だからまさか私のような演劇上の犯罪者まで難癖つけて捕まえたりしないだろう。ひとまずは安心だ。しかし法律は10年後も20年後も残る。嘘つきな政府や信用できない警察が生まれたら、この法律はいくらでも悪用できてしまう。あの素晴らしい治安維持法が戦前の権力に悪用されて逮捕者が続出し、言論の自由を根こそぎ奪っていったように。都合の悪い奴がいたら「話し合ったな」「犯罪のためだろう」と言って捕まえて、あとはどうとでもすればいい。

心配のし過ぎだと言うだろうか? あり得ない想像だと思うだろうか? だとしたら、ありがとう。私たち劇作家はあり得ない想像と空想を広げることが仕事なのだ。……なんてまぁ、この程度の想像なら誰だってするだろうけど。しかし今の政府と警察は良心的で嘘なんかつかない、とても素敵な人たちだから心配なんかいらないけれど。

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日本劇作家協会プログラム

2017年度のプログラム(全11企画)

11月2日(木)〜21日(日)
カムカムミニキーナ
『>(ダイナリィ)
〜大稲荷・狐色になるまで入魂〜』<

11月17日(金)〜26日(日)
燐光群
『くじらと見る夢』(仮)

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