2012年9月末発行




高校演劇スペシャル版 目次

▽ 巻頭<スペシャル対談>

 「高校演劇の世界から、僕らはやってきた!?」  柴幸男×藤田貴大

▽ 寄稿「高校演劇という宇宙」

 ・私的高校演劇考                 横内謙介
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 ・所感                        内藤裕敬

 ・高校演劇の特殊性               中村勉

 ・高校演劇って                   土田峰人

 ・制服かジャージ                  畑澤聖悟

 ・ゼロから創る〜「新しい『ヒロシマ』の劇」の体験から〜 黒瀬貴之

 ・高校演劇は格闘技                石原哲也

▽ コラム 高校演劇の気になる劇作家     林成彦

▽ 編集後記のような、ラブレターのような。  工藤千夏

▽ 劇作家協会TOPICS
 ・ネットネーク ー 劇作家往復書簡 ー    藤井友紀×永山智行                  




編集後記のような、 ラブレターのような。

            「ト書き 高校演劇スペシャル版」責任編集 工藤千夏
            (青年団リンク・うさぎ庵主宰/渡辺源四郎商店ドラマターグ)

 高校演劇ということばの裏に、差別の匂いを感じることがある。実際に観てもいない人が、個別の作品のよしあしの前に「高校演劇って両手振り回して、正 面切って正論叫ぶんでしょ?」などとイメージで語ったり。普通のひどい芝居(?)を観たときの悪口が「高校演劇みたいだね」だったり。自称高校演劇応援団の私としては、世の中のそんな偏見をなんとかしたいと常々思っていた。だから、この「ト書き 高校演劇スペシャル版」を編集させて頂く機会を頂戴し、高校演劇界とそれ以外の演劇の世界にもしも垣根があるなら、取り払う一助になればと考えた。
 もっとたちの悪い偏見もある。「高校生らしくない」とか「巧過ぎる」とかいう観点で芝居をご覧になり、その作品を評価しない審査員がたまにいらっしゃるのだ。おいおい、ちょっと待ってくださいよ、と思う。キャスティングに無理があるのは承知の上で老人を演じようが、溌剌さを欠いた暗く重苦しい世界を描こうが、プロ並のテクニックを駆使しようが、その作品の放つ方向性で観客の心にちゃんと届くなら、それは芝居としては成功のはず。そもそも、演劇は「らしさ」 などに縛られることのない自由なもの である。大人の青春幻想に基づいた「高校生らしさ」なんて、演じる高校生たちにとってはいい迷惑だ。らしかろうが、らしくなかろうが、高校生の彼らが演じたら、それはもう高校演劇なのだから。
 部員たちが高校演劇という舞台で自 らを燃焼させることができるのは、二年か長くて二年半。その限られた期間内に、できるすべてをやり尽くそうと芝居 に取り組む姿は、ただひたすらにけなげである。そこに、演劇人と称する人々が 忘れかけている大切なものがある……なんていうのは、高校演劇をあまりに美化し過ぎているだろうか。
 高校演劇は、扱うジャンルもテーマも 表現手法も多岐に渡り、各演劇部をとりまく状況も事情も異なり、しかも全 国規模で同時多発的に繰り広げられている。教育現場であり、各地の地域演劇であり、全国規模の巨大アマチュア演劇 ネットワークであり、そして、放課後の小さな部活動だ。どこか一部分を切り取っても全体像は捉えられない。だから、この「ト書き 高校演劇スペシャル版」では、 できるだけ多角的に高校演劇に光を当 てたいと考えた。今回対談や寄稿でご登 場頂いたみなさまのおかげで、その特殊性や問題点も含め、高校演劇の実体と魅力、そして、さらなる可能性に迫ることができたと感じている。この場を借りて御礼を申し上げます。
 最後に、勧誘の弁。これはまず第一歩。 高校演劇の戯曲リーディング、戯曲の選び方や創作指導に関するディスカッション、テキレジ研究……一緒にやりたいことは山ほどある。芝居好きの観客予備軍をコンスタントに社会に放ち、手塩にかけた数多の才能を演劇界に送り込み、 自らもその地域の演劇活動の中心的役 割を担う高校演劇の劇作家たちが、今後の日本劇作家協会の活動に積極的に 参加してくださることを切に願います。



発行:一般社団法人 日本劇作家協会
編集:工藤千夏(責任編集) 長田育恵 釘本光 勢藤典彦 国松里香
デザイン:工藤規雄(Griffe Inc)
表4デザイン:福田温子
協力:全国高等学校演劇協議会 森本繁樹 林成彦 宮永琢生(ままごと)
   林香菜(マームとジプシー) 赤星明光(扉座) 奈良歩(南河内万歳一座)
表紙写真:南河内万歳一座 内藤裕敬プロデュース『七人の部長』

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