少しでも隙間を作っていく──表現者の想像力   
想像力の問題

近代史を教えられていない

永井 そういうのは極端な意見かもしれませんけど、ひとつはっきりしているのは、私たち、近代史教えられてないんですよ。
 
赤川 あ、そうですね。
 
永井 織田信長が何年にどうしただとか、そんなことばっかり暗記させられて。
 
赤川 だいたい歴史の授業ってね、明治あたりで終わる。
 
永井 そうそう、朝鮮植民地支配、中国侵略、それから太平洋戦争について、学校では教えられてないんですね。
 
赤川 まったく教わってないです。
 
永井 意図的になのか、時間が足りませんって教えなくって、受験の課題にも入ってこない。そういうところに、別の刷り込みが行われると、コロっといっちゃいますよね。そういう若い作家世代は、エンタメ作品でナショナリズムをあおってしまう。
 
Image赤川 そうそう、歴史知らないんだからね、ホントにそれは。だから、最近のミステリーで多いのは、犯人が異常な大量殺人者っていう話が多いんですよね。『悪の教典』とかもそうですし、理由もなく人を殺す犯罪者が凄く多い。そうすると、その犯罪って社会と関係ないので、全然関係ないところで小説書けちゃうんですね。で、じゃあ犯人をそういうふうにしたのは誰なのか、みたいな問いかけも全然なくて、「こりゃもう生まれつきの殺人狂だ」みたいなことで済んでしまうお話が多いですね。「犯罪は社会が生み出すものだ」っていう意識が、若い作家の方にはほとんどない。ちょっと怖くなりますね。『百年法』という小説がベストセラーになって、長い話なんですけど、要するに、人間が年をとらない技術っていうのができてしまって、人口が果てしなく増えていくので、みんな百歳になったら死ぬということを納得した上で処置を受ける。それをめぐって色々、内戦みたいになったりするんですけど。主人公が独裁者になって、その事態を収拾するんですけどね。いい独裁者だったらいいじゃないっていう話なんですよ、要するに。
 
永井 ああ。
 
赤川 そういう人が独裁者になってくれないと、今の社会は治まんないでしょって話なんですね。で、主人公は小説の最後で、「もう自分の役割は済んだから、じゃあ明日から、議会制民主主義に戻しましょ」って言うんですけど。
 
永井 そんなこと言わないですよ。
 
赤川 ありえないでしょ。そういう見方の甘さっていうか、いったん独裁者になった人間が、自分の権力を手離してね、明日から普通の人間に戻りますみたいなこと言うワケがないし、だいたい、独裁者とそれを支える体制の中に、それをもう許さない利害関係とか利権関係が出来上がっちゃってるはずなんですよね。たとえ独裁者がホントにそう思っても、周りが許すはずがない。そういう発想が全然ないんですよね。それで、めでたしめでたしみたいな感じで終わっちゃうんで。山田風太郎賞のときに、僕は選考委員で読んだんです。
 
永井 それ、受賞したんですか?
 
赤川 選考委員の中で、林真理子さんなんかは「凄く面白い」と。確かに面白いんですよ。上下巻なんですけど、一気に読めるぐらい面白い。だから、面白いことは否定しないけど、この考え方はあまりに危険ですっていう話をして反対した。賞の性格がちょっと偏っちゃうからって理由で賞は取らなかったですけど。その後、推理作家協会賞を受賞したんですね。
 
永井 う~ん。
 
赤川 歴史を知ってたら言えないだろうと思うような発想が、ひとつ下、ふたつ下の世代の方たちからは、生まれてきてますね。僕だって戦後の生まれですから、戦争中のことを知ってるワケじゃない。ただ、戦争が終わった後の貧しさとか、ホントに暮らしの大変だった時代っていうのは、多少は記憶にあるので、そういうものは結局庶民を一番苦しめるっていう実感ぐらいは持ってるんですよね。今の若い方は、ホントにそういう実感を持てない。それって想像力だと思うんですよ。戦争に行ったことないから、戦争の悲惨さはわからないって言ってしまったらそれまでなので。想像力を持てば、必ずそういうことって理解できるはずだし。今の原発のことだって、やっぱり想像力がないんだと思うんですよね。
 
永井 うんうん。


「もっと忘れて、忘れて」

赤川 もし起こったらっていうことに対して、みんな目をふさいでしまっている。アベノミクスなんて、次にもう一つ原発が爆発したら、もうそれこそ吹っ飛んじゃいますからね、あんなもの。ドイツのオーケストラがね、四十人、日本に来るの拒否したって。ドイツの人たちって、やっぱり危機意識強いんですよね。ただそういうことが、日本ではマスコミとかにはまったく出てこない。僕もたまたま知り合いの音楽家の方から聞いただけで。これから、秋にかけてウィーンフィルも来る、ベルリンフィルも来る。絶対、相当数来ない人がいると思うんですよ。
 
永井 じゃ、本来の団員じゃない人が来る? 凄くレベルを落としてるワケですね。
 
赤川 う~ん、それでもけっこううまい。それぐらいの人は山ほどいるんですね、たぶんヨーロッパには。でも、それってなんか恥ずかしいというか、日本人だけが凄く脳天気に「あ、もう大丈夫です、大丈夫です」って言い続けてるって、ヘンですよね。汚染水がああやって海に出て、海を汚染し続けてるっていうのは、世界に迷惑かけてるワケですから。あの福島の事故って、これで日本が変わらなかったらもう、駄目だろうというぐらいの大きな事件だったのに、結局またなし崩しになってしまったっていうのは、ホントになんか、怖いというか悲しいというか。でもそれは、一般の人がそう思う分だけ、上に立つ人間たちが忘れずにいなければいけないのに、上にいる人たちが「もっと忘れて、忘れて」って、都合のいいように利用していくっていう、その発想がホントに。だってね、経団連の会長だって、子どももいるし、孫もいるわけじゃないですか。その子たちが将来、甲状腺の癌になったりするかもしれないっていうことが、まったく頭に浮かばないのかっていう気がするんですよね。ウクライナみたいな貧乏な国でも、子どもの将来のためって、未だに地道に放射線量を計ったり、子どもの検査を続けてますけど(註15)、日本みたいな金持ちの国が、たったそれだけのこともできないっていう。今の自分のことしか考えてない。自分の子どもや孫のことすら考えられないってのは、凄く病んでるなっていう気がしますね。
 
永井 東電の社長がよく出てくるけど、もうどうすることもできなくなって、汚染水を垂れ流してるワケでしょ? もう、この国全体の問題なのに、どうすることもできないんですかねえ?
 
くまがい 地下水を入れないために建屋全体を遮水壁で囲むべきだと、二年前から指摘されていたのに、東電は放置していました。今、国が予算措置もしようと動き出していますが。
 
赤川 復興予算の一兆二千億円余ってたとかって、昨日ニュースでやってましたけどね。使い道なくてね。
 

自分たちで自由を勝ち取ったワケではない

永井 日本人て、先進国だっていう意識をみんな持ってると思うんですよ。だけど、実は先進国的な知性ではないっていうことを、一度自覚し直さなきゃいけないってことが、色々見えてきましたよね。
 
赤川 そうですね。
 
永井 たとえ、科学者や技術者が一流であっても、生活哲学とかいうようなものについては、かなり遅れている。そういう意味においては、発展途上国であると。
 
赤川 (笑い)
 
永井 国民主権は知っていても、政府がヘンなことしたら「ヘンだよ」って言わなきゃいけないっていう意識が実はない。
 
赤川 特に日本は、警察なんか昔のまんまですしね。冤罪事件とか見てると、本当に恐ろしくなりますよね。自分が明日逮捕されてもおかしくないみたいなね。ワケのわかんないうちに、殺人犯にされちゃってるかもしれないっていうような。
 
永井 そうそう。
 
赤川 学生の頃、サミットが始まったときに(註16)、「そうか、こういうやり方あるんだ」と思ってね。それまで外交っていうのは、一国と一国でやってたのが、世界の主要国の首脳が一同に集まって、共通の問題を話し合おうってことも、やろうと思えばできるんだなって感心した覚えがあるんですけど、その中に日本が入っているのを見てびっくりした。「え、日本なんかこんなとこ入れないでしょ、本来は」と思った記憶があるんですよね。卑下してるワケではなくってね、日本って、まだそんな体制整えてないでしょっていうか、そういう思想的な歴史がない。自分たちで自由を勝ち取ったワケでもなくて、戦争の後にアメリカがずうっと基地を置きっぱなしにしてる。まあ、半分占領されてるようなもんで、こういう状況をね、そのまま何十年も続けてきて、そりゃ、経済力はあるかもしれないけど、それ以外の部分では、まだまだとっても先進国って言えないでしょって思ってたので。サミットに入ってるのを見てびっくりしたんですけどね。

註15:ウクライナ放射線防護対策
ウクライナでの事故への法的取り組み

註16:サミット
 主要国首脳会議。1975年に米・英・西独・日・仏のG5にイタリアも加わり6カ国で始まり、カナダ、ロシアも加わりG8となる。


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