少しでも隙間を作っていく──表現者の想像力    
表現者の社会的・政治的発言
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赤川さんが朝日新聞に投書した


永井
 赤川さんは、ミステリーの書き手としては、解説する必要がないくらい有名な方ですが、コラムやエッセイも連載していらして、芝居やオペラ、文楽、コンサートの批評もお書きになっていますね。
 
赤川 批評じゃなくて、感想ですね、感想。
 
永井 それがね、本当に見巧者というか、深い知識に裏づけられた上で感想をおっしゃっていて。
 
赤川 いえ、とんでもないです。
 
永井 大阪の橋下市長が文楽を初めて見に行って、人形遣いの顔が出ているのが邪魔だと発言したことに対して、「一回や二回の観劇体験で、そういうことを言うんじゃない」とビシっと書いていらして、非常に新鮮だったんですけど。
 
赤川 朝日に投書したので(註1)。
 
永井 そうでした!
 
赤川 あれがちょっと目立ったらしくて。やはり、朝日新聞の部数は凄いと思いました(笑い)。
 
永井 赤川さんは、朝日ではコラムを連載する立場にいらっしゃるのに、ある日「声欄」を見たら、一市民、一読者として投書していらした。私もですけど、あれを読んで襟を正した人は多いと思いますよ。赤川さんが、こんな形でって。
 
赤川 やっぱり、黙ってられないというかね、あのままだったらホントに文楽がダメになっちゃうっていうか。まあ、あの時点では、もうコラムも終わっていたので、こうなったらしょうがないな、「声」に出すぐらいしかないからと。でも、多分載っけてくれるだろうなという読みはありましたけどもね。
 
永井 じゃあ、まったく誰にも言わずに?
 
赤川 ええ、黙って投書した。もちろん、向こうもすぐわかるので、本来は削られても文句言えないみたいなんですけど、一応ゲラをもらって、見させてはくれましたけど。
 
永井 あの中でね、確か入場者数のことを言ってらして。AKBと、ベートーベンも引き合いに出されてましたね?
 
Image赤川 そうですね、要するに、その時代をあらわす音楽と、その時代を超えるものと、別に存在してるから。まあAKBはAKBであってもいいんだけども、だからといって、それがベートーベンの何倍も価値があるわけではないっていうことを言いたかったし。理解するのに努力しなければいけないものって、どんな時代でもそんなに大勢の客を集めることはありえないんですよね。どんなに人気があったって、弦楽四重奏団を東京ドームでやるワケにはいかないわけですし。それぞれ役割がちゃんとあって、それを大事にしていかなければいけないし。特に文楽は、やっぱり大阪の生み出したものですから。あんな貴重なものに対して、その大阪の市長がああいうこと言ってどうするっていう思いもありましたし。人形遣いの桐竹勘十郎さんと親しくしているものですから、どんなに無茶苦茶なこと言われてるかよく聞いていたので。そういうことを、誰かが言ってあげないとね。
 
永井 本当にそうですね。
 
赤川 当事者が言ったんではどうしても、そういう目で見られてしまうので。やっぱり、黙ってられなくなったっていうのが、正直なとこですね、あれは。
 
永井 「お客を集めるものだけがいいのではない」って言い方は、いろんな人がしますけど、ベートーベンとAKBを引き合いに出されると、その差異がよくわかって、この論法はさすが赤川さんだなと。赤川さんはほかにも、たとえば観劇について書くべきコラムで、原発問題について書かれたこともありましたね。
 
赤川 朝日のコラムがね、もともと「芸術三昧」のはずだったんですけれども、やっぱり、震災を境に、ああいう時期に週に一回、朝日新聞っていう大きな部数のところにコラムを持ってるっていうことは、それだけ責任があると思うし、これは言っとかなきゃいけないなという。ま、できるだけ芸術にも触れながらですけどもね。朝日新聞なんかでもね、原発を批判する記事は、どんなにエライ人が書いても載せてくれないっていうのは、ずっとあったんですね。事故が起こってから初めて、僕があれぐらいの、原発批判のことを書いても、載っけてくれるようになったんで。けっこう皆さん読んでくださったんですが、ただ、投書もそうなんですけど、大阪の人、読んでないんですよね。
 
永井 ああ、東京版ですか!
 
赤川 大阪の九条の会で講演を頼まれて行ったときに、「朝日のコラムにも書きましたけど」って言ったら、九条の人がびっくりして、「そんなもん書いたんですか!」って言われて。そうか、大阪は載ってなかったんだと。
 
永井 で、投書をなさったら、今度はネットの世界で、「作家は小説だけ書いてろ、ば~か」という書き込みがあったとか?
 
赤川 (笑い)いや、ネットの社会って怖いですね。匿名性っていうのが、もう何言ってもいいみたいになってしまって、とっても言葉を汚してるというか。やっぱり、名前を出して書くものならね、言葉を選ぶと思うんですけども。ああいうものを書いてると、本人が、どんどんどんどんレベルが下がっていくんじゃないのかなあという気がして。ちょっと心配ですね。
 
永井 便所の落書きレベルでね。そのトイレに入った人しか見なかったレベルのものが、今はネットで、どこでも読めちゃう。赤川さんの発言自体は東京版でしか読めないのに。コミュニケーションツールが充実したことによって、流通しなくてもいい言論が流通してしまう。
 
赤川 そうですね。言論は自由だとは言っても、やっぱり人を傷つける。しかも、根拠のないようなデタラメを書かれても、わからないわけですよね。私、ツイッター(Twitter)なんかやらないんで。気にしなきゃいいと思いますけど、でもやっぱり、若い方はね、特に芸能人なんかは、自分についてどう書かれているか、気にする人はたくさんいると思うので。


リベラルな考え方はワンフレーズではできない

永井 文楽や原発問題などもそうですが、赤川さんはそういう政治的な発言を昔からされていたんですか?
 
赤川 いえいえいえ。
 
永井 じゃ、ついに、「もう我慢できない!」という感じで?
 
赤川 (笑い)ま、もともと、ちょうど大学紛争にぶつかった世代でもあるし。社会的なことに興味なかったわけじゃないんです。ただ作家としては、特定の問題について発言するよりは、むしろ、そういう問題に対してどう向き合うかっていう姿勢みたいなものを小説の形で伝えていこうという、それが本来の姿だろうなって思ってたんですけど。ただ、やっぱり……小渕さんあたりの、国旗国家法が成立したあの辺から、そんな悠長なことを言ってたら、本当にどうなるかわかんないなという気がしたので。その頃から、小説で「闇からの声」というシリーズを始めて。『日の丸あげて―当節怪談事情―』とか。
 
永井 読みました! 凄く怖かったです、ええ。
 
赤川 あのへんから、小説の形でもそういうものを書こうと思って書き始めた。直接コラムという形で書くようになったのは、やっぱり朝日からですけども。
 
永井 表現者っていうのは、けっこうそういうことで悩むと思うんですよ。たとえば今、護憲派とかね、何々派とかってレッテルを貼られてしまうと、自分の書くものも、全部そういう……
 
赤川 色眼鏡で見られちゃうからね。
 
永井 そういうことを避けたいから、日本の表現者には、政治的な意見を言わない人が多いんじゃないかなって。
 
赤川 言うのは格好悪いみたいな、ちょっとありますよね。
 
永井 世界的に考えても、欧米の表現者はもっと自由に発言してますよね。
 
赤川 そうですね。そういう意見を持ってないと、むしろ社会的に認めてくれないみたいな。
 
永井 そうそうそう。
 
赤川 ハリウッドの映画スターだって、大統領選挙のときははっきり、「どっちを支持する」ってことを言わないと、それを言えるぐらいじゃないと、役者としても一流じゃないっていう感じで。ああいう風土が日本はないですね。
 
永井 むしろ、言うと「良くない」とされる日本の風土って、いったいどういうふうにできあがったと思われます?
 
赤川 日本の場合は、芸能界の体質がそういうふうになってるってこともあると思うし、自主規制が多いと思うんですよね。ただまあ、山本太郎さんみたいにね、ホントにテレビ出られなくなっちゃう人もいるワケだから。ああいうのを見てると、みんなやっぱり仕事がなくなるのも嫌だなって。
 
永井 スポンサーからクレームが出るとかね。基本的には経済的なことですかね?
 
赤川 そうですね。結局、新聞とかテレビのようなジャーナリズムが今まったく権力を監視するような役を果たしてないので。本来だったら、あの人たちがやっててくれれば、何にも言わなくてすむことをね、何で代わりに言わなきゃいけないのって感じになりつつありますよね。
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永井 逆に言えば、この人は政治的な発言をするかもしれないからと紙面に登場させなくしたりっていう、メディア側の規制にもなっていく。だから、表現者も言わない、メディアも言わないという悪い循環の中で、恐ろしいことがどんどん進行していく。
 
赤川 う~ん、ホントに憂鬱ですよね。これから三年間ぐらいね、おそらく大きな選挙ないでしょうから。自民党は好き勝手にやれるんだろうなあと思うと怖いです。そういう感覚がね、若い世代の方にあんまりないのが不思議で。ただやっぱり、言ってあげないといけないんだろうと思いますけれどもね。
 
永井 若い人が自分のことだけを考えるんじゃなくって、「公」っていう意識を持って、公に対する働きかけをしたいと思ったときに、飛びつける「公」がなかなかない。その需要を小林よしのりさんが一手に引き受けてしまったっていう分析があるんですけど。
 
赤川 (笑い)ああ、そうですか。
 
永井 右翼的な考え方の方が、「公」意識には引き込みやすい。それに比べてリベラルな考え方っていうのは、ワンフレーズではできない。
 
赤川 できないですよね。
 
永井 だから、非常にキャッチ力に乏しいと。
 
赤川 私はもともと組織とか、大勢で何かやるってのは、とっても苦手な人間なものですから、たとえば選挙でね、共産党とか、社民党の方から応援のメッセージとか頼まれるんだけど、「ちょっとそれは勘弁してください」って。組織っていうのはできてしまうと、組織を守ることが優先になってしまうことがあって、違う意見があっても、組織のためだから我慢しろみたいなことになることが多いと思うので、ともかく入りませんと。応援演説とかも絶対しませんけれども、やっぱり自分は自分で、思っていることを自分の形で発信したいというふうにいつも申し上げてるんです。まあ、左翼というか、革新っていうか、今の社会を良くしようっていう気持ちを持った人たちが、若い人たちの漠然とした不安みたいなものを、受け入れる部分を作らなかった。作るのを怠ってしまった。もうちょっときちんとした形を作るべきだったですよね。
 
永井 ええ。
 
赤川 右翼の方が入りやすいんですよね、言ってること単純だし。でも今のあり方には、ホントに右翼の方も、鈴木邦男さんとか心配してますよね、本来の右翼じゃないっていうことを言っていて。ホントに右翼だったら、愛する国土が放射能で汚染されて住めなくなったら、許せないことなんじゃないかと思うんですけども。
 
永井 普通の想像力ですよね、右翼左翼関係ない。
 
赤川 ええ、関係なくですよね。


日本人って想像力ないのかな?

永井 赤川さんも書いていらしたけど、今日本には54基もの原発がある。そして、ここ30年以内に各地で大規模地震の起こる確率が高いと言われている。だったら、子どもでも「危ない!」って。
 
赤川 わかりますよね。
 
永井 こんなときに、「経済優先、やっぱり原発」って何なのって。今度やっちゃったら、もう逃げるとこなくなっちゃうじゃないですか。
 
赤川 そう。日本中汚染される。
 
永井 それなのに、参院選では多くの人が自民党に入れたと。
 
赤川 そうなんですよね。
 
永井 いくら民主党がよくなかったとはいえ、自民党ははっきりと、原発ゼロをゼロベースで見直すと言っていて……
 
赤川 まあ、推進って言ってるから。
 
永井 憲法についても、かなり開き直って強調しましたよね。九条を変えて自衛隊を軍隊にする、集団的自衛権の行使に踏み出すと(註2)。そういう政党にこれだけの数の人が……
 
赤川 本当に、日本人って、想像力ないのかと思ってしまいますね。
 
永井 得票数で見ると、維新も入ってるんですけど、野党の得票総数の方が自民票より500万票も多い。だから、死に票が凄く多いってことでもあるんですが。
 
赤川 あんなにちっちゃな党をたくさん作ってどうするんだって感じですよね。みんなの党だの、なんか名前覚えきれないくらいたくさんできて、やる気があるのかとか思っちゃいますけど。
 
永井 原発反対と改憲反対が必ずしも一緒でなくって、分かれてはいるんですけど。
 
赤川 ただ、そのときに応じて、一種の妥協をして、勢力として固まるっていうような、そういう発想ができないんですよね、日本の政治家ってね。社民党だって、もうちょっとやりようがあるだろうに、あそこまでダメになる前にね。
 
永井 なぜでしょうね。ヨーロッパではかつて、反戦・反ファシズムに絞って統一戦線が組めたじゃないですか。それが日本では、ホントにできない。私たちの国民性というか精神構造に、大局を見据えて、小異を捨てて大同につくってことができない何かがあるのかなあって。
 
赤川 まあそうですね、そういうときって、そういうのを引っ張るリーダーが一人、どうしても必要なんでしょうね。そういう人は今、誰もいないということも大きいと思うし。
 
永井 かつての美濃部都政のときにはそれができたんですよね。社共の協力もできたし、もうちょっとリベラル勢力の結集もできましたけど。
 
赤川 鶴見俊輔さんがおっしゃってたけど、政党ってのは、負けがこんでくると、結局、責任のなすり合いになって、誰が責任を取るのかみたいな話になっちゃって、またどんどん悪くなっていくんだよねって。そういうのって、とことんダメにならないとダメなんだっておっしゃってたけど。とことんダメになったときにね、そこから立ち上がるだけの余裕があればいいですけれども。
 
永井 う~ん。
 
赤川 特に原発のことはホントに、日本が世界の中で孤立してると思うんですよね。外国から見れば、メルトダウンなんて最悪の事故なワケじゃないですか。そのワリには日本の人は騒いでないというか。
 
永井 そう。フランスに住んでいる友人が、フランス人が大騒ぎしているのに、日本に帰ってみたら、みんな普通にしてるんでびっくりしたって。赤川さんのエッセイにもありましたね。ベルギーに住む方が、「初めは、日本を被害者だと思って同情していたヨーロッパの人たちが、だんだん日本を加害者だと見るようになった」と書いて来たって(註3)。
 
赤川 そうなんですよね。
 
永井 今後いったいどういう方向に行くのか。表現者として、どうすればいいんだろうかと考えてしまうんですけど。
 
赤川 そうですねえ。


註1:朝日に投書した
 2012年4月12日の朝日新聞投書欄「声」(東京版)に投書されたもの。タイトルは「橋下氏、価値観押しつけるな」。
 朝日新聞に赤川さんが書かれたコラム「三毛猫ホームズと芸術三昧!」は、タイトルを変えながら2011年9月30日まで、4年半連載された。

 
註2:原発推進・自衛隊を軍隊に・集団的自衛権の行使
自民党の2013年参院選・選挙公約(PDF)
・安全と判断された原発の再稼働については、地元自治体の理解が得られるよう最大限の努力をいたします。
・「 日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)を見直しつつ、同盟国・友好国との防衛協力を推進します。
・自民党「日本国憲法改正草案」に自衛権を明記し、国防軍の設置、領土等の保全義務を規定しました。


註3:赤川さんのエッセイ
 2011年4月22日の朝日新聞コラム「ドミンゴの努力に敬服」

Index   選挙後の政治の動き

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