TPP・児童ポルノ法をどう見るか?   
自主規制・自粛の問題

 影響力のあるメディアが最も規制が厳しい

 
青井:社会との関係というところで言うと、演劇が比較的自由が保たれているのは、大した影響力がない(笑)、っていうところでもあると思うんですよ。
 わずか数十年前には演劇上演中に、警察権力が「弁士、中止!」っていう形で、上演そのものをストップすることだってやってたわけだから。
 ギリシャの演劇には今の演劇に通じる沢山の基本原則みたいなものが含まれているんだけど、その中には、例えば、人を殺すという残虐な場面は、外部からの報告で入ってきて、絶対にその場でやってはいけないっていうことがあるんです。ギリシャの演劇は、囚人までその日だけ解放されて、全市民が見たんです。それほどの影響力のある場では、そうだったっていうことを、僕ら忘れてはいけないんじゃないかと思うんです。

坂手:演劇はもう少し広がりのあるものであった、(影響力のある)メデイアであったということですよね。

青井:そう。で、そうありたいと思うから。だから、規制がゆるいから何でもやっていいんですっていうのは、とても強気のようにも見えるけど、場合によっては自分達の影響力が大したことないっていう前提で動いている風にも思える。そこをいつも、僕はどうしたらいいのか教えて欲しいと思う。


 iPad検閲

福井:その意味で言うと、今もっとも厳しい表現規制をしているのはネットのプラットフォームですよね註20)。

坂手:あ~。

福井:アップルとかね、アマゾンとか。iPad検閲っていう言葉がありますけど、機械判別で、ある部位が出てるってだけで、バサッと落としますからね。

赤松:内容は関係なしですからね。

福井:有名なのは『ニューヨーカー』の一コママンガの件。アダムとイヴが座っていて、おっぱいがチョンチョン、と点で描いてある。アダムとイヴの差は何かって言ったら、アダムは点、点、って描いてあるだけ。イヴは点、点、の下に、バストの線が描いてある。そしたら、イヴの方がアウトで、フェイスブック上から削除されたんです註21)。
 それで『ニューヨーカー』は喜んじゃって、自社のホームページですぐに、アダムの点々だけ拡大して載せて、これOK(笑)、イヴの点々もアップで載せて、これNG(笑)、ってやってビュー(視聴数)稼いだっていう(笑)。転んでもタダじゃ起きなかった。
 これは笑い話ではあるけれども、恐ろしい笑い話ですよね。国のレベルでは、確かに相当悪趣味なものもある非実在児童ポルノの規制を、みんながこれだけ議論している。その時にアップルやフェイスブックでは普通に、経営判断で、チョンチョンを禁止して、実際、そっちの方が実効性があるんだから。

赤松:しかも、その理由を聞いても、特に答える義務はないんですよね。「じゃぁ(それが嫌なら)やめろよ、アップルからおりれば」って言われちゃうんですよね。

福井:そう。本当に「やめろよ、おりれば」って、交渉していると二言目には出てくる。

坂手:それは恐ろしいことだわ。

赤松:そういうプラットフォームが基準になっちゃうのが、実は国家よりも怖いかもしれない。特に外資。

福井:青井さんのおっしゃった、最も影響力の高いメディアでの規制が最も怖いっていうのを聞いて、それを思い出したんですよね。で、同時に思い出したのは、井上ひさしさんの「最も恐ろしい検閲者は我々自身の中にいる」、自ら自主的におこなう規制が一番恐ろしいという言葉でもありました。


 自粛の理由がわからない自粛


坂手:自粛の問題と、誰かがそこで判断するという仕組みっていうのとね、少し違いがありますよね。自粛というカテゴリーでもないものもありますね。NHKならNHKが、この言葉は駄目っていうのが出てくるわけですね。
 『ちびくろサンボ』が駄目になったでしょう? 僕が『ピカドン・キジムナー』という戯曲の中で米軍基地の話を書いて、黒人兵に対して沖縄の人たちが言う「真っ黒の黒んぼ」っていう台詞があるんですよ。それで当時『ちびくろサンボ』が駄目になった時期だったんで、駄目ですって言われて。でも僕は納得できないって言ったら「『ちびくろサンボ』は「黒んぼ」という言葉が元になっているから」、とにかく「んぼ」が駄目だって言うんですね。それで結局、「真っ黒の黒んぼ」から(「んぼ」)の二文字だけを切るわけ。「真っ黒の黒」だって言うわけ。これの方がよっぽど酷い気がするんだけど(笑)。
 これが法律的に闘うことなのか、なんだか。我々の権利だから言ってもいいんだけど、その二文字のために、まさに二文字のためにそれだけの労力を費やすこと自体に空しさがある中で、闘うしかないんだけど、(「黒んぼ」ではなく)「黒」で放送されちゃうわけですよね。俺が「黒」って言ったことになっちゃうっていうのが俺は嫌だとかね。

福井:規制の主体についての話ですね。

坂手:NHKということだけど、NHKが最近、外注しているわけです。外注している会社が自粛しているわけ。もともともっと多くあったんですよ、修正要求部分が。

青井:最近僕もNHKであったんですけど「せむしが踊る」っていうのがNG来たんですよ。「背中にこぶの化け物が踊る」って僕はわざと訳したんです。そしたらそれはOKだったんです。

:え~!

青井:「背中」も「こぶ」も「化け物」も規制されていない言葉だから。

福井:さっきの(機械の)自動判別に近いものがありますね。

:そうですね。

赤松:最近はネットとかで、GyaO! とかですけども、アニメとかマンガ、手塚マンガなんかでも、注釈入れて「作者の意図や時代を考慮して」そのまま流します、そのまま印刷しますって書いてあって、『巨人の星』でも「日雇い人夫」とかっていうのは、ちゃんと出てます。消されてないですよ。

坂手:その方が自然だと思うんですよ。『ピカドン・キジムナー』放映で何十箇所か修正を要求された所は、結局、3ヶ所になったんですよ、直したのは。話の中で解決できる問題だったら、初めから言わないで欲しいんだけれども。


 表現の萎縮と匿名性の問題

坂手:何か良く判らない自主規制、怖がるみたいなことが日本社会で、社会全体が怖がっているんだっていうのは確かに赤松さんのおっしゃる通りだと思うんですね。誰かに寄っかかるみたいなことになってしまっていて。
 ネット上に右寄りの人、左寄りの人、色々いますけれども、特徴的に多いのは言いっ放し、言った瞬間にパーッと逃げて行くわけです。言った責任を取らないのに逃げていく。「言ったんだ」ってことにしたいという種類の言説が非常に多くて。ネットの中でもコミュニケーションを取るということを明瞭にしている人と、相手の意見を聞いた上で、相手に納得して欲しいと思う人と、意見を言いっ放しにする人に、分かれちゃっていて。
 僕はこれからネットはかなり揉めてくる、問題がいっぱい起きると思うんですよ。普段、友達で会っている人達が、ネット上では、二つに分かれちゃうというようなことが、どんどん社会や学校の中では増えているわけです。僕らが社会を信じるとは言っても、どうやったら、みんなの怯えというか、自粛・自主規制を変えられるのかな? というのが、ものすごく大事な気がしてて。

くまがい:TPPの問題で、ビジネスモデルとして非親告罪を進めたい人と、それから思想検閲的なものも入れて、それを進めたい人と、両方があるんでしょうか?

福井:非親告罪化を積極的に進めたいという日本の方にはほとんど会ったことがないので、今のところ、ひたすら外圧です。アメリカですよね。これはもうビジネス上の動機だけでしょう。とにかく海賊版を減らすためにできるだけ、何でもやりたいと。パロディが主要標的だなんてアメリカは勿論思っていない。で、日本側が心配しているのが、海賊版以外の領域。

赤松:向こうはコミケ、同人誌を潰したいなんて全然思ってないですよね。となると、勝手にこっちが怯えているだけだろうって良く言われるんですけど、でもそういう危険性がある以上、萎縮はしちゃうので。

福井:狙いと別のところで影響が出るというのはザラにある話ですね。どんな制度も、みんな基本的には社会を良くしようと思って入れるので。

くまがい:国内的には、私は警察権の拡大っていうのが、非親告罪化の中に入ってくるだろうと思うんですよ。それが危険だと思っています。




註20ネットのプラットフォーム。アップルとかね、アマゾンとか。iPad検閲
電子コミック「働きマン」が配信拒否になった理由--電子書籍時代の検閲
留意すべきはDRMだけではありませんよ。彼らはもっと違うルールを持っています。それはセンサーシップ、“検閲”です。(中略)その点で我慢がならないのは、解釈に(日本との)差があることですよ。たとえば、日本では許されているコミック本での血が飛び散るシーンは、厳しいコミックコードが存在する米国ではNGですからね。iPhoneアプリの形で販売されている電子書籍は、こういった懸念がものの見事に的中しています。ボイジャーが関与した講談社のコミックをiPhoneアプリ化し、iTunes Storeに申請したところ、30%程度がリジェクトされましたから。全10巻で4巻目までOKなのに、5巻目以降が出せない、とか。暴力ではなく疫病の発生で血を描いている場面も、残虐シーンだと判定されてしまいましたよ。「働きマン」(安野モヨコ作の女性編集者が主人公のコミック、もちろんエロ系にあらず)は、主人公が疲れを癒す目的でマッサージを受けているとき、伸びをしたところ誤って胸が露出したシーンが引っかかりました。OLが主人公のコミックで、入浴シーンがないものはないですからね。うっかり風呂にも浸かれない。腰湯もダメですね、胸が出ちゃうから。(中略)
Appleについて書かれたものもアウトです。大谷和利さんの「iPhoneをつくった会社」と「iPodをつくった男」、2つともリジェクトでした。その理由は、現社員、元社員であろうと、Appleの社員にかかわるもの、製品にかかわるものは一切ダメ、と。じゃあマイクロソフトはいいのか、という話なんだけど。

iPad版がイラン版と呼ばれてますよ。Appleにコンテンツの検閲撤廃を求める公開質問状


註21『ニューヨーカー』アダムとイヴのおっぱい。自動削除
Facebookのポルノ規制が厳しすぎる! 米国老舗雑誌ザ・ニューヨーカーが乳首モロだし画像でアカバンに。え? この乳首ダメなの?
 
Facebookのポリシーで禁止されているのは、プライベートな部分を裸で晒すこと。このプライベートな部分には、女性の乳首や胸、お尻の割れ目等が含まれます。しかし、男性の乳首はふくまれません。
ザ・ニューヨーカーは自身のサイトで以下の様な画像をあげて考え込んでいます。
上の乳首はダメな乳首。下の乳首はいい乳首。
NIPPLEGATE



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