TPP・児童ポルノ法をどう見るか?   
表現の自由を守ることの意味
 
 演劇は、お客さんを信用していないとできない

坂手:社会自体が判断するだろう、世の中全体がさすがにそれはおかしいと思うよ、ということに対する信頼が、どんどん失われちゃっている気がするんですよ。時代によって変わるわけですよね。50年前と今は全然違うわけですし、東京国際映画祭で検閲・自粛を批難されなかったら、映画だって、ヘアーは公開していないわけですから註18)、それが開かれてきたら、今は当たり前になっている。当たり前になってから生まれた人達も、いっぱいもういるということになってくると、変わってくるんです。
 僕が演劇を何故やっているかということに繋がってくるんだけど、演劇っていうのは、お客さんや自分達の生きている時代や社会に対する信頼なんですよ。信頼がある上で成り立っている。
 法律というものはその信頼を支えることに意味があると思うんだけど、それを否定する方に動いているのは、政府の側がそれを判断しているから。つまり、取り締まる側が自分の考えでやってもいいと、自民党の憲法改悪と同じなんだけれども、そこに何かおかしさがある。
 憲法が国民主権であるならば、国民がやっている社会を、まずは性善説で信じるっていうところから始めないと。
 演劇ってライヴでお客さんがいるわけですよ、お客さんがブーイングしたらもう終わりなんですよ、成立しないんですよ。どんなに過激な劇をやろうが、ひねったものをやろうが、お客さんを信用していないとできないですよ。

赤松:なるほど~。

福井:寝られたら終わりですからね。

坂手:まぁ、いっぱい寝られますけどね(笑)。

赤松:マンガはそれないわ。ちょっと怖いですね、演劇。

坂手:ライヴ表現であるっていう意味が、双方向なんですよ。そういう意味では、お客さんが役者の演技をちょっと良くする、観客の空気がいいから良くなる。でも、最初のシーンがうまくいっていないと、別な役者が次のシーンをやった時に、悪い空気が残ってて、その日の芝居は悪くなる(笑)。

:ほんとに、ほんとに。

赤松:怖いですね。

坂手:演劇の持ってるスペシャリティっていうのは、なんだかんだいって、人に対する信頼しかないんですよ。
 そういう意味では、法律っていうものが縁遠いっていったら変だけども、規制というものに対して一番、抵抗しなきゃいけないもののような気もするし、さっき固有名詞の出た某ポツドールさん達のように、お客さん達が「これは見たけど、見なかったんだよ」って(笑)、胸を張って言ってあげるような空気があってね、今までね、あんまり問題になってないの。そこは僕は演劇の持っている凄みで、魅力になっていると思うの。
 ネットというのも、うまくいった時には、それに近い空気を醸し出している気はするんですね。

赤松:あ~。

福井:うん、うん。

坂手:双方向メディア、双方向の広場としてのネットっていうものがあって、赤松さん達がネットで(マンガを)無料公開することも含めたネットへの関心と、コミケ的な実際にライヴで会うということの繋がりみたいなことに、ひょっとしたら僕らが今後、参考にすべきことが多々あるのじゃなかろうかということを思って、今日来ているんですね。


「何一つ同意できるところのない表現」でも、権力による規制はさせない

福井:いや~、今の坂手さんのお話で凄く触発される部分がみんな多かったんじゃないかと思うんだけれども。社会の判断を信頼するというのは、私も表現問題ではかなり本質的なところだと思うんですよ。
 先に自分の立場を言っておくと、僕は「実際の被害者がいる児童ポルノ」つまり、実在の児童の写真などは、単純所持を含めて規制・禁止すべきだと思っています。
 何故なら、被害者がいるからです。これは本当に最も恥ずべき、最も罪深い犯罪の一つ、人の人生を奪いかねない犯罪の一つだと思っているから。
 しかし、そのことと、フィクショナルなキャラクターを使った表現というのは、大きく異なる。フィクショナルなキャラクターを使った表現というものは、それを見た時に「とっても不愉快で、人に悪い影響を与えるかもしれない」っていう意見があります。
 僕はそこをね、否定する必要は別にないと思うんですよ。表現規制の話が出た時に「いやいや、みんなが駄目だって言っているこの表現、意外といいよ」とかね、「この作品、結構優れてて、いい影響を与えるよ」みたいな議論をする論調があるんだけど、いい部分もあるから許されるべきだっていう議論は弱いからやめた方がいいとさえ思います。
 みんなの役に立っている表現だから許されるべきだという意見は、いとも容易く、じゃぁ誰の役にも立たない迷惑な表現だから規制されるべきだってものに転嫁してしまう。
 表現の自由の真骨頂はそうではなく、何一つ同意できるところのない表現に対して、それを権力によって規制まではしないっていうところにありますよね。

坂手:そうですよね。

福井:なぜかと言えば、現代の社会は、その表現を禁止する資格は持たないからです。現代の社会は次世代の社会にとっての、その表現の意味をはかることはできないから、つまり、次世代の社会にとってのパウル・クレーとか、ゴッホとか、金子みすゞ註19)を、現代の社会は評価できないから、その遺伝子を残すことまでは禁止しちゃいかんと。権力はそれを禁止するべきではないと思う。
 だから僕は児童ポルノ法の中にフィクショナルな表現の規制を入れることは反対です。あれが不愉快ではないからじゃない。あれが不愉快だと思う人がいることは大いに理解できるし、僕自身、自分の娘のいるところで、あれを売る人には賛成できない。できないけれども、それは我々が言論で言うべき問題です。社会が言論でもって「これはちょっとあんまりだから、僕は批判するよ」とか「店頭に並べるのはやめろよ」とか、そういう対処をすべき問題です。駄目だと思えば、幾らでも悪口言えばいいんですよ。「何やってるの? ほかに読むものあるでしょ?」って言えばいい。その代わり、権力が禁止することに対しては、闘う。

坂手:表現問題はそうですね。自分と意見の対立する人でも、その人の意見を取り締まることに対しては闘う。

福井:言葉で「あなたは間違っている」ということは言うけれども、権力でそれを禁止はしない。

赤松:全く私も同意なんですけど、この件だけに関しては、じゃぁ家庭で性教育やれよっていうと、国民がすごく嫌がるんですよね。親もね、やっぱり恥ずかしいですから。口では「そうだ、そうだ、福井先生、その通り!」って言ってて、選挙ではそっと取り締まってくれる方に投票するっていう行為が、日本では今一般的になっている気がします。

福井:あ~、社会の集団の意識なり無意識の部分では、やっぱりちょっとあれは禁止されてもいいかな、という意見が結構、強いと。

赤松:自分はあまり考えたくない。その場合は取り締まってもらった方がいい。言葉は悪いですけど、奴隷はそれなりに楽なんですよね。あまり考えなくても済みますから。




註18東京国際映画祭で批難されなかったら、映画だって、ヘアーは公開していない
ヘアヌードは映画では映倫による自主規制で陰毛にぼかし処理をかけていたが、1985年、第1回東京国際映画祭においてマイケル・ラドフォード監督のイギリス映画『1984年』(1984年製作)が例外措置として、ぼかし無しの状態で上映された。その後も同映画祭内に限って陰毛描写を認める流れができあがり、1991年の篠山紀信撮影の樋口可南子写真集、宮沢りえ写真集などを経て、1992年、フランス映画『美しき諍い女』が一般公開では初めて、ぼかしのないヘアヌードシーンを含んだ状態で上映された。映倫はこの作品の審査から陰毛修正を「原則」レベルに緩め、性行為と直接関わりのないヘアヌードシーンについては実質的に無修正が恒常化することになった。


註19パウル・クレーとか、ゴッホとか、金子みすゞ
パウル・クレー
ヒトラーの政権掌握により危険な表現者・退廃芸術家の烙印を押され、スイスに亡命するが、ドイツ国内の銀行口座が凍結され、経済的な困窮に陥る。難病に襲われながらも絵を描き続けるが、ナチスによる弾圧は「退廃芸術展」へのクレー作品やドイツ現代画家たちの絵の展示、ドイツ国内の公的コレクションの押収にまで及び、作品は海外へ売り払われていく。敗戦から15年経た年、ノルトライン=ヴェストファーレン州政府はクレーへの償いの思いから、海外へ流失した作品88点を6億円かけて買い戻したが、現在もクレーの絵、400点近い作品の行方が分かっていない。

フィンセント・ファン・ゴッホ
手紙に描き込んだスケッチなども合わせると2000点以上の絵を残したが、生前に売れた絵はたった1枚だった。現在は画家として世界的に有名で、その作品は高値で取り引きされている。後の芸術にも大きな影響を及ぼした。

金子みすゞ
大正末期から昭和初期にかけて、26歳の若さでこの世を去るまでに512編もの詩を綴ったとされ、西條八十からは若き童謡詩人の中の巨星と賞賛されるが、その後、その詩は長らく忘れられていた。しかし、岩波文庫『日本童謡集』の「大漁」を読んだ詩人の矢崎節夫らの努力で遺稿集が発掘され、1984年に出版されるや、瞬く間に有名になり、現在では代表作「わたしと小鳥とすずと」が小学校の国語教科書に採用されることも多い。



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カムカムミニキーナ
『>(ダイナリィ)
〜大稲荷・狐色になるまで入魂〜』<

11月17日(金)〜26日(日)
燐光群
『くじらと見る夢』(仮)

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