第25回劇作家協会新人戯曲賞

一次審査 通過作発表!

最終審査会
【日にち】12月15日(日)
【会場】 座・高円寺
最終審査員の男女比について

リーディングフェスタ2019 戯曲に乾杯!

短編戯曲募集!

題材は「棘」
12月14日(土)に座・高円寺で開催の「リーディングフェスタ」で取り上げる戯曲を募集中!
締切:9月23日(月・祝) 23時59分

 

緊急アピール発表

一般社団法人日本劇作家協会は2019年8月6日付で、
「表現の不自由展・その後」の展示中止についての緊急アピール
を発表しました。

賛同団体
・日本新劇製作者協会(8月13日付)
・公益社団法人国際演劇協会日本センター 理事会有志(8月23日付)
・公益社団法人日本劇団協議会(8月29日付)
・特定非営利活動法人 舞台芸術制作者オープンネットワーク (ON-PAM) 有志 (9月16日付)

 

日本劇作家大会2019 上田大会

大会は無事に終了いたしました。
ご参加・応援をありがとうございました。
記録写真を掲載しました

月いちリーディング

リーディングとディスカッションの戯曲ブラッシュアップワークショップ。2019年度は盛岡・東京・神奈川・大阪・長崎・宮崎で開催。

趣旨・概要・プロモーションビデオ
東京・神奈川
東北支部FB
関西支部FB
九州支部FB

【神奈川】9/21(土)
ご予約受付中!

戯曲:
鎌内 聡『ドアの向こう』
下川おかし『水を差す』
ゲスト:赤澤ムック 佃 典彦
担当:山田百次 丸尾 聡

【東京】10/26(土)
ゲスト:谷 賢一 長谷基弘
担当:山田裕幸 ハセガワアユム

【東京】11/24(日)
戯曲応募受付中! 締切:10/4(金)
ゲスト:谷 賢一 長谷基弘
担当:山田裕幸 ハセガワアユム

【大阪】9/28(土) 関西支部FB参照
ご予約受付中!
戯曲:ごまのはえ『カレーと村民』
ゲスト:鹿目由紀 稲田真理
進行:高橋 恵 田辺 剛

【長崎】9/28(土) 九州支部FB参照
ご予約受付中!
戯曲:長野哲也『ダイブクライ』
アドバイザー:泊 篤志 池田美樹
進行:福田修志

【岩手】12/14(土) 東北支部FB参照
戯曲応募受付中! 締切:11/9(土)
ゲスト:長田育恵 柳美里
進行:高村明彦 遠藤雄史

【Youtube】
2年分の録画公開中!
https://bit.ly/2PoqnSZ

 Webサイトのリニューアル作業中のため、表示の崩れやリンク切れがございます。
 しばらくの間 ご容赦ください


第15回AAF戯曲賞問題の経緯について
支部情報  2017年度の支部事業は追ってご案内いたします

北海道支部
 終了:2016年8/13(土)・14(日) 教文演劇フェスティバル短編演劇祭
 終了:2017年3/7(火) 東海連合VS北海同盟(仮)

東北支部
 終了:2016年11/19(土)・20(日) 東北演劇見本市in盛岡

東海支部
 2017年9/15(金)〜17(日) 劇王XI アジア大会開催決定!
 終了:2017年3/18(土)・19(日) ミノカモ学生演劇祭
 終了:2017年1/21(土)・22(日) 劇本2 
 終了:2016年9/24(土) ナビイチリーディング プレ開催
 
関西支部
 終了:2016年度 関西版月いちリーディング
 終了:2016年11/23(水) スペシャル企画「劇作バトル!」
 
中国支部
 2016年3月21日発行  中国支部短編戯曲集「せぼね」
 終了:2016年10/9(日)・10(月・祝) 第四回中国ブロック劇王決定戦

九州支部
 終了:2017年2/5(日) 月いちリーディングin北九州

言論表現の自由のよって立つところ
 ── なぜ劇作家協会は「安全保障関連法案」に反対するのか。
 言論表現委員の永井愛に聞く ──

シリーズ ー 表現の自由を語ろう ー
日本の現状と未来への展望を、様々なジャンルのゲストと劇作家が語るシリーズ
第4回 九条やめたら運が逃げますよ 沢田研二×マキノノゾミ×永井愛
第3回 少しでも隙間を作っていく ─ 表現者の想像力 赤川次郎×永井愛
第2回 何で捕まったかわからない ─ いま、横浜事件を考えてみる ふじたあさやインタビュー
 第1回 <TPP・児童ポルノ法>をどう見るか? 赤松健・福井健策・青井陽治・坂手洋二・谷賢一





受賞作 原田ゆう『見上げる魚と目が合うか?』


 選考経過

川村 毅

 『うれしい悲鳴』について、マキノノゾミ氏は「おもしろい。痛みを感じない主人公マキノ、過敏症のヒロイン、このふたりの対比のキャラがおもしろい。ただト書きが一言多い部分がある」。渡辺えり氏は「人物が全部状況を説明してしまっている。虚構の設定が嘘にしか読めない」。佃典彦氏は「構成が過去を振り返って語ることになっているので、自然と説明が多くなってしまっている」。土田英生氏は「相当おもしろかった。若者の皮膚感覚がよく描けている」。

 『人の香り』については、坂手洋二氏は「義足の女という設定と、母娘の関係を描くことがかみ合っていない。義足を盗むというマニアックな男に現実感がない」。横内謙介氏は「おもしろいと思いました。割と感動した」。渡辺氏は「もっとグロテスクなところがあってよかった」。マキノ氏は「やや人工的なきらいがある。これを一幕として、この母娘の数年後の設定で二幕目を書いて欲しかった。そこでは男を登場させて欲しい。書く技術のレベルは高い」。

 『Global Baby Factory ― グローバル・ベイビー・ファクトリー』を、坂手氏は「何を書きたかったのかわからない。愚かな登場人物がいっぱい出てくる。差別的なことを感じる部分もある」。渡辺氏は「代理母のテーマを扱う切実さが感じられない」。マキノ氏は「映像作品もしくは小説にしたほうがよかった」。佃氏は「演劇の構成ではないゆえに、演劇でやる必要性がよくわからない」。土田氏は「焦点が合っていない」。

 『メガネとマスク』に及ぶと、佃氏は「大人の悪意に晒されている子供の姿がよく描けている。好きだ。行間を読むという意味がわかった」。坂手氏は「長い。理詰め」。横内氏は「設定がファンタジー過ぎる」。渡辺氏は「泣いた。ふたりのキャラに好感を覚えた」。

 『見上げる魚と目が合うか?』については、横内氏「登場人物が生身の人間ではなく、記号に見える」。渡辺氏「すごいリアリズムだと思う。こういう人は今自分のまわりに大勢いる」。マキノ氏「自分のことしか考えない登場人物たちがさみしい」。坂手氏「自分をガードしている現代女性がよく描かれている」。

 『偽りのない町』を、土田氏は「あいだあいだに挟まれている一人台詞が余計。そこで説明しているのがもったいない。宙ぶらりんな時間をもっと宙ぶらりんなまま徹底したほうがよかった」。佃氏は「マンション生活の閉塞感はよく出ている」。横内氏は「長いし、小道具がベタ。この後のことを考えるのが劇ではないか」と述べた。

 審査員ひとり二作品を推す一回目の投票結果は以下の通り。
   マキノ  『うれしい悲鳴』 『人の香り』
   渡辺   『メガネとマスク』 『見上げる魚と目が合うか?』
   坂手   『うれしい悲鳴』 『見上げる魚と目が合うか?』
   横内   『うれしい悲鳴』 『人の香り』
   佃     『メガネとマスク』 『見上げる魚と目が合うか?』
   土田   『うれしい悲鳴』 『人の香り』
   川村   『人の香り』 『見上げる魚と目が合うか?』

 『うれしい悲鳴』、『人の香り』、『見上げる魚と目が合うか?』が四票と並び、『メガネとマスク』が二票となった。

 休憩後、四票を集めた三作に議論を絞っていいかと司会が確認を取り、横内氏「『人の香り』は相当な手腕だ」、川村「『人の香り』は中盤まで非常にいい。主人公の書く決意に終息させてしまったのが惜しい。『うれしい悲鳴』は問題を浅くしか捉えていない。『見上げる魚と目が合うか? 』の世界像には共感を覚える」、坂手氏「『見上げる魚と目が合うか?』は緻密な計算でもって書かれている。新しい」、マキノ氏「『人の香り』の技術力を評価したい」、横内氏「『見上げる魚と目が合うか?』はまったくわからない」といった意見が出された。

 ひとり一作を推す二度目の投票結果は以下の通り。
   マキノ  『人の香り』
   渡辺   『見上げる魚と目が合うか?』
   坂手   『見上げる魚と目が合うか?』
   横内   『人の香り』
   佃     『見上げる魚と目が合うか?』
   土田   『うれしい悲鳴』
   川村   『見上げる魚と目が合うか?』

 『見上げる魚と目が合うか?』を四名の審査員が推し、この数の多さで決定していいか司会は全員に確認を取り、この作品を受賞作とした。
 




 選評

川村 毅

 『見上げる魚と目が合うか?』は、職を求めて面接にきたものの面接官が失踪していまうという設定が効いている。この事態は究極の「居場所もなかった」感にあふれている。宙吊り状態のふたりの女性はさらに向かいのビルの屋上から投身自殺の態勢でいる少年を見出すのだが、うだうだと会話を続けて何をしようともしない。ここで助けようと走るのが、正攻法のドラマの始まりかクライマックスなのだろうが、ふたりはそうしたドラマを行動しようとしない、あるいははなから持っていない。次にふたりはそれを幻として理解しようともし始める。
 放射能を浴びせられても、いまだ推進だ廃炉だと結論をつけられずに、うだうだと先延ばしを容認せざるをえない私たちの精神の危機が、偶然にも描かれてしまっている。「偶然にも」というのは、さほど方法意識に支えられた結果だとは思えないからだ。しかし、偶然であっても、ここで描かれた空気感は実に共感できる。
 『うれしい悲鳴』は、前半までは、もしやこれは大傑作ではと期待したが、取り上げられた問題、トピックがただ提出されただけで、いっこうに進展せず、調理もされず、素材がごろりと転がされただけに終わっている。この作家は志が高いが、腰が定まっていない。人気、評判ばかりを考えず、もっとじっくり腰を据えて戯曲に取り組まれてはと思う。
 『人の香り』もまた前半、傑作の予感に震えたが、設定されたダイナミズムが終盤に向けてみるみるうちに萎んでしまった。川端康成もしくはルイス・ブニュエルばりの美学に裏打ちされた変態戯曲がついに誕生かと期待したのだが、恐らく作者の等身大と思われる決意が表明される平凡な終わりになってしまって実に残念だ。良識など恐れず果敢に書いて欲しい。
 『Global Baby Factory 』をふざけた戯曲だとは思わない、というか、ふざけた戯曲が私は大好きなのだが、ふざけ方を間違えてしまった。
 あとの二作については、その良さが私には理解できなかった。

坂手洋二

 『うれしい悲鳴』は、才気を感じさせる。候補作中、筆力としては最上位であろう。ただ、同じ作者の前年候補作『ロクな死に方』にあった「死」の感覚についてのよう な「手触り」を感じさせるところが乏しい。確信犯だと思うが、ロジックで固めることによって「紋切り型」であると感じさせてしまい、損をしている。たとえば、性的な感受性の問題が、ただ喜劇的な趣向と受け取られてしまう。人物があまりにも窮屈に規定されていて、それが何かの「批評」「意志」に依るものではなく、ただそのように書いてしまった、という印象が残る。作者はもっと自己を解放することができるのではないか。
 『人の香り』は、まず、義足を盗むマニアックな男が、あまりにも頭の中で作りあげられたという印象で、現実感がない。個人的には、舞台設定を家ではなく、「義足の女」が男に置いて行かれたラブホテルの一室にして、迎えにきた母親と娘の劇にすればよいと思った。人物たちをとことん困らせてみた方がいい。作者がもっと暴れん坊になったところを見たい。
 『 グローバル・ベイビー・ファクトリー』は、国際的な代理母の問題を描いているが、「インド」という国である理由も必然性も感じられない。差別的に感じる部分もある。「愚かな登場人物」を登場させてプロットを転がしていくことは、表面的な出来事の推移しか生まない。作者が自らの切実な問題と真に取り組む姿を見たい。
 『メガネとマスク』は、まとまっていて安心して読み進められる。ただ、「いい話」すぎるし、内容の割には長すぎる。理詰めであることはいいのだが、登場人物の年齢との整合性という意味では、ちょっと難しい気がする。
 『見上げる魚と目が合うか?』は、作者の生理を丁寧に言葉に反映することで、結果として緻密な計算が為されているのと同様な力を得ている。空間意識と人間観に新しさ がある。選考会では、他の選者が違和感を感じた部分は、実は登場人物が自分をガードしているため行っていたことだと説明できると指摘した。そういう現代人が増えているということだ。
 『偽りのない町』は、挿入されている一人台詞を演劇的な構築として考え抜けていないことに象徴されるように、詰めの甘さが散見される。「演劇とは何か」を考えるこ とが、実は作者の能力を引き出すことになる。オリジナルの戯曲とはそういうものだ。
 二人芝居が多いということも含めて、今年もまた、最終候補作が並んだ時の空気が、なにがしかの「現在」を反映している。作者の意図したもの、無意識に透けて見えてくるもの、それぞれを見分け、いずれにせよそこに優れた劇的空間か立ち上がっているかどうか、それを見極める。選考委員はそういう仕事である。

佃 典彦

 登場人物が多くて場面転換も多い作品、登場人物が少数のワン・シチュエーション。 今年は珍しく作品の形態が大きく分かれました。で、どちらかと言うと後者の方が演劇的だと感じました。シーンが多いから演劇的ではないというワケではありません。演劇とはその場にいない不在の登場人物を含めて世界を想像させるモノであると僕は考えているのです。全てを語って見せてしまっては勿体無いと思うのです。例え、転換等に演出の才能が溢れていたとしても・・・。そんな中で僕は長谷川彩さんの『メガネとマスク』を最優秀に推したのですが惜しくも一等賞は取れませんでした。この中学生女子と高校生男子の二人芝居は思春期独特の期待と不安、親に対する怒りと諦め、様々な感情が短いセリフに押し込められてドンドン行き場が無くなって行きます。その行き場の無いセリフの切なさ!高校生男子はしきりに「ごめんね」と言うのですがこれはもう「ごめんね」としか言いようがないのです。
 受賞作の『見上げる魚と目が合うか?』も性格の違う女性の二人芝居ですが、窓から見える「屋上の人物」と「溶けていく魚」がオーバーラップして感じられ最優秀に相応しい興味深い作品でした。

土田英生

 私が最後まで広田淳一さんの『うれしい悲鳴』を推した理由は、作者の意図した構成と、こぼれ出てくる「図らずも書かれてしまう」台詞をなんとかつなぎ合わせようという格闘に強く共感をしたからだ。
 軸として描かれる恋愛ストーリーの当事者であるマキノは感覚が欠如し、ミミは「なんでも過敏症」。背景には「アンカ」によって政策が決まってしまう社会。途中でマキノは自らの感覚が欠如してしまった理由らしき体験を延々と話すのだが、この台詞の前半には奇妙な迫力とリアリティーがあった。しかし、後半になると台詞は力を失っているように感じられる。マキノの言葉が信じられなくなるのだ。作者の意図が顔を出し、そのことで登場人物の言葉が歪められている印象を受けた。その点で、受賞作である原田ゆうさんの『見上げる魚と目が合うか?』では言葉が作者の制限を受けることなく自由に紡がれる。登場人物二人が自分達で会話を進め、やがて世界はねじれていく。
 個人的な好みの問題かもしれないが、作者の意図と登場人物の自立的な暴走が摩擦を起こし、その力関係が拮抗している戯曲に惹かれる。ドラマとしてとどめようとする作者と、そこから逸脱して行く劇世界。どちらかがあまりに弱いと、平凡に終わるか、無駄に難解なだけになってしまう。最もそのことを意識して書いているのは広田さんだったと思ったのだが、作品それ自体の成果を問うという意味で原田さんの受賞に賛成した。

マキノノゾミ

 広田氏の『うれしい悲鳴』は昨年の『ロクな死に方』よりも確実にスケールが大きくなって力作という印象だった。「いわゆる植物状態」にある陛下が、絶対的に例外のないはずの「アンカ」の(実質的な)例外事項となるくだりなど、この国の権力の特殊な構造をよく穿っている。マキノやミミのそれぞれの長台詞にも、情緒的な力がきちんとあって良いと思う。恋愛劇の変種としてもたいへんに個性的な作品である。ただ、もう一度読み返してみて、ラストの、クーデターによって政権が倒れるというくだりで作品世界が急に小さくなってしまう印象を受けた。この政権が崩壊することには劇としての意味はあまりないように思う。せっかく「アンカ」「泳ぐ魚」といったネーミングのセンスも面白いのだから、最後までこの架空のレジュームは盤石として押し通したほうが作品の力強さを貫けたのではないか。演出意図等を解説する過剰なト書きは昨年は面白いと思ったが、今年はかえって作品を窮屈にしていると感じた。
 石原氏の『人の香り』は、よく書けた小品である。パンチのある導入部から徐々に事件の真相が判明してゆくスリリングな展開のさせ方など堂々たるものだ。ミステリー風味の会話劇として上等な出来である。弓枝さんとの二度の電話のくだりなども手慣れた無駄のない書き方で、実に巧い。一時間ものの二人芝居としては相当に完成度が高いと思う。とくに終盤の「~違うのね、特別な道なんてなかったんだ」あたりから「~本当は私が作家になりたかっただけなんだ」あたりまでの香織の台詞がとても良い。登場人物に固有の「発見」がきちんとある。「おびえ」があって「覚悟」がある。良いエンディングだと思う。「義足の娘」や「猟奇的な愉快犯」といった特殊な事情設定が多いのと、書く手つきがあまりに巧みすぎるせいで、全体にやや人工的な印象を与えるのが唯一の憾みである。ちょっと翻訳劇を読んでいるような錯覚をおぼえた。
 鈴木氏の『グローバル・ベイビー・ファクトリー』は物語の内容自体は興味深く読んだ。題材が「代理母」というデリケートな問題をはらんだものなので、その辺も様々な批判の対象にはなろうが、その点は措く。わたしは内容自体にはさして異議はなく、悪くないと思う。登場人物がティピカルすぎるとは思うが、それでも台詞は書けていると思うし、全体に読みやすい。しかしながら、どうにも読後感がすっきりとしない。どうしても、この作品はこのまま小説にしたほうが良いと思えてしまう。そのほうがもっとはっきりと作品の体を為すと思う。あるいは映像用のシナリオにするとか。この物語が「どうしても戯曲でなければならない必然」が、残念ながらわたしには感じられなかったのだ。これは趣味の問題ではないと思う。応募戯曲を読んでそんな感想を持ったのは初めてのことなので、その意味で、この作品はわたしにとっての問題作だった。今でも、何ともいいようのないもどかしさが残っている。作者自身がそのことに気づければ、優れた作品になる可能性を秘めていると思う。
 長谷川氏の『メガネとマスク』は、まずは百貨店の玄関のベンチという場所の設定が、さりげなくて良いと思った。台詞や展開は繊細で丁寧なリアリズムでよく書けている。人形を使って本音を語り合うとか、鼻血が出るくだりとか、二人のメガネがマスクで曇る滑稽味といったあたりも、さりげないのだが、すべて描写が生理的な具体性ときちんと直結しているところがいい。抑圧されながらも、二人の少年少女が繊細で良い子であるという痛ましさが自然に浮かび上がってくる。ただ残念ながら、少し冗長だという印象はまぬがれない。大きく劇的にうねる物語ではなく基本的にはスケッチ劇なので、適正な上演時間はせいぜい三〇分までだろうと思われる。その点との折り合いがうまく着けば、秀逸な佳作になっただろうと思う。
 原田氏の『見上げる魚と目が合うか?』も面白く読んだ。作者と同世代の三十代半ばにさしかかった世代の率直な心情、即ち、今さらながら分断された個である自分と他者(=世界)をどう切り結ぶかという煩悶、それも3.11以降に、より切迫したものとなった煩悶が、オガサワラ少年に関わろうとする登場人物たちの会話や行動によくあらわされていると思った。それはむろん作者の世代のみならず現代の日本に生きるわたしたち全員の普遍的な煩悶である。それでいて会話自体は決して重くならない。テンポ感もいいし、芸がある。そこがいい。さらにこれは選考会の後で知ったのだが、そもそもは実際にト書きにある通りの場所で上演するために書かれた特殊な作品であるという。そのような上演場所の条件がまずあって、このような作品が書けたというのは、それはそれでよくよく特殊な、驚くべき才能である。その点についても、また別の基準できちんと評価されるべきだと思う。ただ、最後の着地のさせ方には今でも疑問がある。もう少し明解でカタルシスのあるエンディングはなかったろうかとあれこれ考えてしまう。そう考えてしまうこと自体が、この作品から、ある誠実さを奪ってしまうことなのかも知れないが。
 宮園氏の『偽りのない町』は同じマンションに暮らす三人の女性の、それぞれ秘密を持ち合いながらの会話劇だが、思わせぶりな台詞が多すぎて、正直、読むのに少々苦労をした。何となくそれとわかることもあり、最後まで判然としないこともあり、といったあたりで幕となる小品だが、閉鎖的で妙に皮膚にベタつくような感触が味わい深いといえば味わい深い。おそらく戯曲そのものよりも、実際の上演のほうが、その味わいが増す作品なのだと思う。些細なことだが、結局は三人芝居なので、「ユキナちゃんのママ」「奥田さん」「平川さん」は登場人物表に名前は不要である。
 今年は二人芝居が三本、三人芝居が一本と、はからずも登場人物の少い戯曲が多かった。最終的には石原氏の『人の香り』を推したが、原田氏の最優秀賞受賞は順当であったと思う。

横内謙介

 審査会からずいぶん経ったが、日を追うごとに石原燃さんの『人の香り』を応援しきれなかったことを悔やんでいる。そもそも失った脚を補うための、義足が奪われるという、喪失の二重性が優れてドラマチックな発想だし、そのアイデアを人間への絶 望と希望の芽生えという、ヒューマンな物語にきちんと昇華させていることに深く感動した。作品のまとまりとしては間違いなくナンバーワンである。構成力もセリフも、プロとして通用する人だと思う。
 現状で充分受賞に値する傑作だと今も思っている。この上は、これが頂点とならず、さらに才能に磨きをかけて、これを超える作品を書きあげてくれることを願うばかりである。
 正直に言って、今回は『人の香り』以外の作品に、私は驚きや共感を感じなかった。
 それぞれに上演実績があって、上演のための巧妙な企みや、面白がらせる工夫があり、上演台本としての完成度は高いのかもしれないが、戯曲として考えた時、観客の想像力に多くを期待することなく、自ら紡ぐ言葉の力で、なにがしかの極限状況を描ききってみせるのだという迫力に欠けているように感じた。
 事実でなく、真実を描こうとする意志がもっと溢れていい。私には受賞作『見上げ る魚と目が合うか?』は、かみ合わぬままのふたりの会話が、完成前のスケッチのように思えてしまった。他の審査員の絶賛の言葉を聞くにつれ、それは私の読み取る感性の乏しさかもしれぬと不安になってしまい、言葉がかみ合い続ける『人の香り』を推す力が弱くなった。そこが反省点である。

渡辺えり

 石原燃さんの『人の香り』は非常に面白い作品である。肉体の一部が欠損しているということは弱点なのか?個性なのか? 片足のない登場人物のその「ない」という存在から発する幾多の事情が興味深く語られていく。母と娘の二人だけの登場人物がお互いを知り尽くしているからこそ、空しくても発せざるを得ない台詞が光っている。娘の父親も恋人も登場して来ないが、「男」という生き物の異物感が出ているのも女性作家としての個性であって評価したい。
 何度も推敲するうちに、逆にテーマや意図が単純になり過ぎ、せっかく「人の香り」というグロテスクで興味深い異質の個性を半減させてしまったのが大いに惜しい作品となってしまったが、石原さんは力のある有望な作家であると思う。その個性を知っているだけに評価する際にきびしい視点から審査してしまったと言えなくないか?と私自身が再び今思っている。
 大賞を取った原田ゆうさんの『見あげる魚と目が合うか?』は台詞もビジュアル的にも面白い作品だ。今を生きる若者たちの性格描写に長けている正義感も智恵もあるのだが、実行に移せないし、移し方も分からず、結局は考えるばかりで、自分の手を汚せないでいる植物的性格の異常さとその要因である社会の仕組みとを「詩的なるもの」をうまく使って書いている。傷付きたくないから傷つけたくない。つまり、生きているのか?死んでいるのか?分からないような現実とそれを表現する劇的世界との融合のような作品である。思わず喋りたくなる美しい台詞が際立っていた。
 『メガネとマスク』も面白く読んだ。 大人に気を遣いすぎてストレートに物の言えない、妙に疲れ切った少年少女の痛々しさと愛らしさと残酷さとグロテスクさが面白く表現されていると感じた。演技、演出の仕方によっていかようにもできる作品だろう。人形でしか感情を表現できない心を閉ざした性格も、不器用さを出すか?病的と捉えるか?コミカルに表現するのか? 演出できる余白が方々にちりばめられているのも魅力の一つである。今後の作品に期待したい作家だ。

 今回、審査ということを考えさせられることが色々とあった。
 労多くして報われぬ作業を引き受けているのは芝居が好きだからということは勿論だが、戯曲というのは読まれなければ何も始まらないもので、私が書いた戯曲を先輩の作家たちに読んでいただいた時の嬉しさと感激が忘れられないという思いがある。一言の感想でも一生涯忘れられない言葉となった。
 だからこちらも必死で読むのだ。今まで生きてきた分だけの全身の細胞を使って読む。
 なぜ公開審査という形式を考えたのだったろう? 公開だからいうことで審査する作家の意見が何かに縛られたり、歪められたりするのは、公開という開かれた場所を閉ざしてしまうことになるだろう。
 インターネットの世の中になって、すべてが不自由になってきた。会話がなくなれば、戯曲も必要ではなくなってくるだろう。
 選考するだけなら選評を書くだけで良いだろう。公開審査は審査する作家たちが会話し意見を交換することで、ストーリーが変化していく、言わば即興劇の醍醐味がある。
 審査は真剣だが、そこに芝居の遊びの部分が入ってこその公開審査ではないのだろうか? 審査員の女性作家が半数になるまではどんなひどい目に合っても頑張ろうと考えていたが、私という人間は感情が強すぎるのかも知れない。今後は人と人との関係に距離を置いて考え、周りを慮ったソフトな意見を言わなければならないと思うと悔しい限りである。

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日本劇作家協会プログラム

2019年度のプログラム(全12企画)

▽ 10月30日(水)〜11月3日(日)
wonder×works
『パチーダ』
作・演出:八鍬健之介

▽ 11月6日(水)〜10日(日)
TOKYOハンバーグ
『人間と、人間と似たものと。』
作・演出:大西弘記

▽ 11月14日(木)〜24日(日)
カムカムミニキーナ
『両面睨み節(りゃんめんにらみぶし)~相四つで水入り』
作・演出:松村 武

アピール・決議

  • 「表現の不自由展・その後」の展示中止についての緊急アピール +

    ⇒ アピールのPDFはこちら 「表現の不自由展・その後」の展示中止についての緊急アピール 続きを読む...
  • これまでのアピール等 +

    日本劇作家協会発表のアピール 2019年8月6日付 続きを読む...
  • あらためて「共謀罪」廃案を求める表現者のアピール +

    ⇒ アピールのPDFはこちら あらためて「共謀罪」廃案を求める表現者のアピール 続きを読む...
  • 「新共謀罪」に反対する表現者の緊急アピール +

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  • 「“新共謀罪”に反対する表現者の緊急アピール」註とコラム +

    Index 「“新共謀罪”に反対する表現者の緊急アピール」註 続きを読む...
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