戯曲セミナー<インタビュー>赤澤ムック    

赤澤ムックさんは第1回(2001年度)の「戯曲セミナー」の卒業生です。いまでは話題のアニメやゲームを原作にした「2.5次元ミュージカル」の脚本も書いています。

 ── 赤澤さんが受講したのは2001年。戯曲セミナーが始まった年ですね。

 子どもの頃から戯曲や小説を書くのが好きで、中学と高校も演劇部だったんですが、札幌出身なので東京では知り合いが少なくて。なのでセミナーに通い、劇作家協会にも入りました。劇団「黒色綺譚カナリア派」をつくる1年前、20歳のときです。

 ── 一期生。その年の様子はどうでした?

 平均年齢がけっこう高かったんです。40代50代の方も多いなと。全員が劇作家志望というわけではなく、カルチャーセンターみたいなところかなと最初は思いました。
 でも、当時の横内謙介さんの講義のプリント、いまだに覚えてるんです。すごく単純な、
誰と誰がどこで何をしてどうなった、っていうカギカッコを埋めていくみたいなものなんですけど、思い出すたびに戯曲を書く姿勢を正されます。何人かで勉強会をやったりもしました。小説家になった中澤日菜子さんも同期でしたね。

 ── いま2.5次元ミュージカルの脚本でも活躍していますが、その面白さはどこにあると考えていますか?

 2.5次元は新しい物語をつくるものではないので、新作の執筆とは全然違います。舞台化されるのは人気のある作品だから、漫画だと何十巻も続いていて長いじゃないですか。その中で、客観的に見て最も興味深くいいエピソードと、ファンが大事にしているエピソードを探し出して、組み合わせてつくっていくんです。どちらかだけになると面白くないし、物語もピリッとしない。その引っ張り方で、2.5次元作品にオリジナリティが出せるんじゃないかなと思っています。

 ── 劇団のときにやっていた芝居と共通するところは?

 お客さまが楽しむっていうことですね。
 私は2011年に黒色奇譚カナリア派の活動を停止したんです。やっぱりそれは、3.11があったことが大きい。劇団では深く狭く小さな村のような芝居をやっていたんですが、それよりも大きく全国で楽しむほうがいまは幸せなんじゃないか。そう思って2.5界に旅立ったんです。ちょうど30歳を超えたくらいで、自分のことより人のことを考える意識が強くなったのかなと思います。
 やっぱり私はたくさんのお客さまが楽しむ顔が見たい。スペシャル感があって、観劇日の一ヶ月くらい前からわくわくできて。そういうハレの日になる演劇をつくりたい。具体的には、見てる間にお客さまが喜怒哀楽の全部を味わえることですかね。出発地点と最終地点は「楽」で、一周してそこにまた戻ってくるっていう、ジェットコースターの設計みたいなものかなと思っています。

 ── セミナーを受講して、いま一番役立っていることってなんでしょう?

 自分の思いは整理しないと人に伝わらないと知ったこと、ですね。若いころって、思いのまま書けば傑作ができると思うじゃないですか。だから整理することを妥協のように思ったりしがちなんだけど、人に伝わりやすい形に変えることは、あなたの大切な何かを失うことではない。 教えられてすぐそれができたとは思わないですけど、もし受講してなかったら、いまだに自分の感情を垂れ流していたかもしれませんね。

 ── これから戯曲を学ぼうとする人に一言。

 学ぶことによってもっと演劇が好きになれると思うから、まずひとつ、好きを深めてください。私も、あの人の本が好きだと思うような劇作家に現れてほしいですし。




赤澤ムック カム・トゥルー所属
劇作家、演出家、俳優。1978年生まれ。北海道出身。2001年に「戯曲セミナー」を受講し、「劇団唐組」を経て2003年より「黒色綺譚カナリア派」を主宰し、2011年に活動停止。近年は、三越劇場の『さくら色 オカンの嫁入り』(2013、他)、AiiA 2.5 Theater Tokyoの『マジすか学園 〜京都・血風修学旅行〜』(2015)、『終りのセラフ』(2016)、銀河劇場の『刀使ノ巫女』(2018)、梅田芸術劇場・新神戸オリエンタル劇場等の『あんさんぶるスターズ!』シリーズ(2017、他)、明治座『将の器 ~泣くよウグイスHEY!HEY!HEY』(2015)、『ゆく年く・る年冬の陣 師走明治座時代劇祭』(2017)、『明治座の変〜麒麟にの・る〜』(2019)など、大劇場作品の脚本・演出を数多く手がける。
 


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