一般社団法人日本劇作家協会 会長交代にあたってのご挨拶


鴻上尚史     坂手洋二    2016年役員一覧(別ページ)



 就任の挨拶

    ── 鴻上 尚史
(2016年3月 日本劇作家協会会長就任)


 今から23年前、井上ひさしさんから「劇作家が集まる協会を作りたいと思う」と言われた時は、半信半疑でした。劇作家とは孤独なものです。演劇に携わる職種の中で、劇作家が一番孤独なのではないかと僕は思っています。演出家も孤独ですが、優秀な舞台監督やさまざまなスタッフに助けられます。スター俳優も孤独ですが、共に舞台に立つ俳優仲間に助けられます。
 ただ、劇作家だけが稽古初日に向けて、独り、原稿用紙やパソコンに向かうのです。応援しようと傍に寄り添われることは、ジャマにしかならない仕事なのです。
 そんな劇作家が集まって、集団なんかできるのだろうかと当時の僕は思いました。孤独な仕事ということは、社会性を涵養しないということです。相談し、協力し、妥協し、「劇作家の地位を上げる」「劇作の楽しさを伝える」「劇作家を守る」というような目標を実現できるのだろうかと思いました。

 けれど、心配は杞憂でした。22年前、「日本劇作家協会会報」第1号に井上さんは、劇作家協会が生まれた理由をこう書きました。「<個々の演劇観は一切論じ合わない。個別の作品論は絶対に云々しない。他人の悪口は口がさけても蝶々しない。>という黄金の規則がいつのまにか自然のうちに出来上がっていたことがなによりも大きく原因していると思います」
 劇作家は孤独ですが、同時に「対話を書く」仕事です。どんなに社会性がないと思われようが、締め切りという時間の観念がないと怒られようが、私達は「対話(ダイアローグ)を書く」ことが仕事なのです。話し合いが下手なわけがないのです。

 坂手洋二前会長の精力的な陣頭指揮により、劇作家協会は多くの事業を立案・実現できるようになりました。5代目の会長として、その流れを止めることなく、さらに豊かに、楽しく「劇作家であること」の価値と意味を発展させる一助になれればと思います。
 僕を含め、平田オリザ氏、渡辺えりさん達が井上さんや別役実さん、斎藤憐さんから声をかけられた時、全員が30代でした。今後再び、30代、40代が活躍する協会になれば素敵だと思っています。会員の皆様、どうかよろしくお願いします。



 二十三年と、十年

     ── 坂手洋二
(2006年〜2016年2月 日本劇作家協会会長)


 結果的に10年も会長をやることになってしまった。
 劇作家協会では、会長任期について、任意団体時代は2期4年まで、社団法人になってからは6年まで、と定めていた。6年前はちょうど組織変更が私の任意団体時代の任期終了のタイミングだった。社団法人となっての新たな代議員会議で、団体が変わっても「新組織であるから継続とは解釈せず」ということになり、引き続き私が会長に就任することになった。それから6年、のべ満期10年に至り、ようやく退任ということになったわけである。もちろん長すぎるとも思うが、あっという間の10年間ではあった。

 というより、私自身が協会設立のために動き出したのが、1993年の3月である。劇作家協会設立の必要について私たち若手側は変革の一端として言い出していたが、新劇世代の先達たちの間でも声が出ていることを知った。私が斎藤憐氏に連絡し、「劇作家協会」設立のために、会おうということになった。それがすべての始まりだった。1ヶ月後に設立準備の会議が開催された。井上ひさしさん、別役実さんや清水邦夫さんといった先輩たちと毎週のように会うことになるというのは、今考えても夢のような日々だった。
 あれから23年の歳月が重ねられてきているわけだが、なにもかもが「あっという間」の中の出来事であったと思う。多くの方がお亡くなりになり、また、ご病気になられ、ミーティング時などでも、協会立ち上げ期を知る者が少なくなってしまった。というか、小松幹生さんを除いては、ほぼいなくなってしまった。

 役職に関係なく、私はずっと、協会のためにできる仕事はしてきたつもりである。協会事業の数々を立ち上げ、継続してきた体験は、私自身の財産でもある。
 もともと自分で「お祭り担当」と言ってきたように、劇作家大会、新人戯曲賞、戯曲セミナーといった協会のメイン事業の立ち上げを担当した。それらはほとんど初期には「企画事業部」の仕事として動き出し、軌道に乗ったら独立した部署を作って任せるという過程を経て、定着していった。
 協会としては、劇作家の地位と権利の確立のための法的な手続も含めた動き、出版事業、全国の劇作家を中心とする演劇人とのネットワークも広げた。国際交流については、まだまだできるはずのことができていない、と思う。協会の立場で、表現者として社会に向けて声を発する行動も重ねてきた。
 座・高円寺という劇場の立ち上げにも深く関わった。私と斎藤憐のつきあいの最後の三分の一は、そのことに費やされた。個人的に関わりのあった「ニューヨーク・シアター・ワークショップ」のノウハウを借りて始めた「月いちリーディング」が定着したことも、嬉しいことだ。

 会長として人事権を持ったときに私のしたことは、社団法人化した段階で特に、多忙のため会議に出てこられない委員の方々にご遠慮いただき、その当時はまだ「若手」と呼ばれる方々に、参加をお願いしたことである。その時の「若手」の皆さんもあっという間に演劇界の主流を担う立場になり、多忙のため会議に出てこられなくなっている。才能を発揮する人を見極める目はあったということでもあるだろうが、協会としては新たな世代交代の必要を感じている。

 在任中は、ありがとうございました。あらためて、御礼申し上げます。劇作家協会と共に過ごすことのできる演劇人生に、感謝しています。今後も、できればのびのびと、自分のやれることをやっていく所存です。
 鴻上新会長を中心とする新体制になりましても、引き続きよろしくお願いいたします。

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日本劇作家協会プログラム

2017年度のプログラム(全11企画)

5月18日(木)〜21日(日)
劇作家女子会。
ミュージカル『人間の条件』

11月2日(木)〜21日(日)
カムカムミニキーナ
『>(ダイナリィ)
〜大稲荷・狐色になるまで入魂〜』<

11月17日(金)〜26日(日)
燐光群
『くじらと見る夢』(仮)

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